96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

「水をすぐにワインには変えられない。」 Jリーグ第11節 vs湘南ベルマーレ 分析的感想

鬼の15連戦も漸くゴールが見えてきつつあるJリーグ第11節。浦和はホームに湘南ベルマーレを迎えました。浦和は現在のスカッドに4人の元湘南所属選手を抱えており、現在も岡本拓也をレンタル中。一方の湘南も浦和から完全移籍した梅崎司を今季から擁しており、また湘南監督の曹貴裁は元浦和の選手ということで、なにかと縁の多い両チームの対戦を振り返ります。ちなみにこの試合、前節柏戦に続いて同じ勝ち点のチーム同士対決となり、従って例年以上に混戦の様相を呈している今季のリーグ戦にあって、敗戦が即残留争いの入り口になってしまうという試合です。

 

両チームのスタメン、浦和の考え方

両チームのスタメンは下記の通り。

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浦和控え:福島、宇賀神、岩波、武富、長澤、青木、ナバウト

 

湘南は5-3-2のフォーメーション。前節のガンバ大阪戦でもこの形でやっていたので、今季のスタンダードはこの形なのかもしれません。大まかな特徴は後ろの5枚の機動力で、右WBのミキッチ(通常のスタメンは浦和からレンタル中で今節出場できない岡本)、左WBには背番号11の高橋諒、右CBにドリブルでの持ち運びが得意の山根、左CBにポリバレントな19歳杉岡と、ルーキーながらCBを任されている坂を加えた5枚が上下の運動量を発揮できる「湘南らしい」選手起用。2トップに入ったステバノビッチはインテルミラノでプロデビューした選手で、184cmと身長があるもののターンしてボールを自ら運ぶ機動力を兼ね備えた万能選手。中盤の3枚は運動量豊富で攻守に関与し続ける役割を担っています。

一方の浦和は前節から3枚変更。岩波、宇賀神、長澤をベンチに下げ、阿部、菊池、直輝がスタメンに入りました。並びにも変化を施し、柏木と直輝は横に並んで2枚のシャドー(IH)として武藤興梠の2トップの下に並ぶ形。全体としては湘南の並びと同じくミラーリングすることでマッチアップを明確にし、守備での個人能力を活かすというここ最近の狙いを踏襲した選手起用としていました。また直輝をシャドーで使うことで2トップの近くでプレーする人数を増やし、前線での迫力やコンビネーションをより発揮できるようにというのが起用の主だった考え方になっていました。直輝はレンタルから復帰以来初の埼スタでのスタメン、しかも相手がレンタル先の湘南ということでかなり気合いが入っていたことでしょう。

 

タクティカルな湘南スタイル2018

湘南といえば、豊富な運動量をベースにしたプレッシングでボールを奪い、それと同時に後ろから選手が湧き上がるように追い越してゴール前へ殺到するショートカウンタースタイルが「湘南スタイル」として強く印象付けられています。しかし今季の湘南(もしくは、前回の降格以降の湘南)は、上記のプレッシング/カウンターだけでなく、J1であっても自分たちがボールを保持し、ビルドアップからの攻撃で点を獲るということへの指向性が強まっているように感じます。それがJ1をプレッシングだけで戦い抜くことの厳しさを身を以て知った前回の降格の反省なのか、単に連戦の続くJリーグを乗り切るための方策なのか、真意は一介の浦和サポーターにはわかりません。ただ事実としてプレッシングとトランジションが生み出すカオスだけでなく、よりセットされた状態からでも優位性を発揮できるだけの個の質とそれを補う戦術的整理にコミットしていくという取り組みの方向性は今節の湘南の、特に前半の戦い方からも見てとることができました。

湘南のビルドアップは基本的に5-3-2の隊形を崩さないでボールを前進させていました。今節の浦和とはミラーゲームで中盤はマッチアップが明確です。浦和は激しくはプレッシングをしないものの、このマッチアップをベースにボールを追い込もうという狙いがあったようです。こうなるとスキルフルなボールポゼッションはなかなか難しくなる湘南ですが、ビルドアップ時に高い位置に張り出さないWBがプレッシングの出口となり時間を作ることが出来ていました。

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浦和としては追い込むのであればより明確にWB同士のマッチアップを強調させても良かった気がしますが、まず5バックを形成してからボールがサイドに出たところからWBがボールにアプローチして行くという方針だったようです。湘南としては両サイドのWBに一度ボールが出てから相手WBが寄せるまでの3〜5秒が裏にボールを蹴り出したりビルドアップをやり直すための時間として使えており、中央で司令塔となる秋野とともに前進の起点となっていました。

湘南のファイナルサードでの崩しの狙いは密集と展開。ボールが前進してくとともにゴール前の2トップ2シャドーの4枚が中央からボールサイドに集まっていきます。WBが大外でボールを保持し、これまたボールに寄った秋野やサポートのCBとの関係性で崩しを狙います。この時の湘南はおおよそ5、6人のプレーヤーがボールサイドに寄ることで密集を作り出し、縦パスの出し入れでタイミングを見計らいつつフリックやワンツーでの突破を狙います。この密集による攻略が第一の狙いとすると、逆サイドに一人張り出しているWBへの展開が第二の狙いで、多くの場合は秋野の展開力とサイドチェンジの精度を武器に逆サイドでアイソレーションしているWBが1on1からクロスに持ち込み、密集を作った2トップ2シャドーがゴール前に殺到するというのが湘南の狙いとなっていました。

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湘南の守備隊形

ショートカウンターだけに頼ることがなくなったということは、無闇に高い位置でボールを奪う必要がなくなることを意味します。もちろん連戦の影響もあるでしょうし、だからといってもちろんプレッシングを捨てた訳ではないでしょうが、事実として湘南はある程度浦和のビルドアップを待ち構える守備を採用していました。

湘南の守備は5-3-2が基本配置。相手のビルドアップに対しては、ボールがミドルサードに入ったところからプレッシングを開始します。ボールがハーフラインを越えるあたりまでは、2トップの二人がやや左よりのポジションをとり、浦和の右CB遠藤にステバノビッチが、中央のマウリシオにイ ジョンヒョプがマークに付く形をとり、左の槙野に対しては2列目の3枚右に入っている石川が第1プレッシャーラインまで駆け上がってチェックに行く形を取っていました。

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同じ3バックシステムなのでサイドはマッチアップしており、中央は秋野と菊地が固める立ち位置。浦和のビルドアップに対してはこの2トップ+石川のプレッシングに中央の2枚が連動し、サイドは両WBが人について行くことで数的有利を作らせない6枚でのディフェンスを実施していました。また、このプレッシングを突破されてハーフラインを超えられた場合、左寄りに立つステバノビッチがそのまま2列目に降りることによる5-4-1での撤退守備への移行もデザインされており、この辺りは曹貴裁監督の割り切りと現実感が垣間見れる整理となっていました。

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浦和のビルドアップと問題点

これに対して浦和のビルドアップですが、やはり阿部がボランチに入ったからか、最終ラインに阿部が降りることで擬似4バックを形成する方式でのビルドアップを実行していました。

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これが前節柏戦で、2トップの追い回しとパスコース制限に手を焼いたことによる反省なのかはよくわかりませんが、これによって最終ラインでの安定と確実なビルドアップ、良い形での後ろからの持ち上がりを意図していたことは間違いないと思います。これによって槙野と遠藤がSBのポジションを取るとともに、WBを高い位置へ押し上げ、前線に枚数をかけていました。またこれと同時に、湘南の5-3-2の中盤3枚の脇のスペースを使うことを意識していたようでした。

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基本的な考え方としては3枚で横幅を守る必要のある湘南の中盤の脇をつかうことで3枚の間にスペースを作り出し、その隙間に今節の2トップ2シャドーが入り込むことでボールを前進させていく、というものだったと思います。またこの両脇のスペースには2トップのどちらか(左は興梠、右は武藤が多かった)が降りてきて起点を作ろうとする動きがあり、特に誰がこの両脇で起点になると決まっているというよりは、このスペースを使うことが戦術として強調されていたのかもしれません。

前半戦に関して言えば、上記の狙い自体は浦和のプレーからはっきりと感じることが出来ましたし、上手いタイミングで間のスペースでボールが受けられればとなりの隙間が一つずつ空いてくるような崩しの素が見えてくるシーンもありました。ただし、これらのビルドアップ〜チャンスメイキングに再現性を確認出来たかというと難しく、狙い通りのビルドアップが出来たとは言い難い内容でした。ということで、浦和のチャンスはコンパクトネスを確保しようとする湘南のバックラインの裏を突くロングボール(15分:柏木→興梠)か、ヘディングが繋がったところから興梠と直輝の二人で攻めきった18分のシーンとなっていました。

ゲームが動いたのは前半29分。前半はそれまでお互いに上記の狙いを出し合いつつも、明確に主導権を握ったとは言い難い展開でしたが、自陣で柏木が安易なフリックからボールをロストすると、高い位置に張り出していた菊池が守備のポジションを取り直し高い位置に出ていたミキッチのマークに着くものの、ボールを確認するために振り返った隙にミキッチが裏へのランニング。縦パス一発で裏を取られるとマイナスのクロスを完璧に合わせられて先制点を許してしまいました。このシーンは明らかに菊池のポジショニングミスなのですが、柏木の安易なフリックも残念なプレーでした。球際の競合いでの優位やポゼッション技術の優位をベースに自分たちでボールを安定させられつつあった時間帯であったために、自陣での安易なミスで試合をくるしくしてしまいました。それにしても、ミキッチはこのシーンが前半初めてフリーでクロスを上げたシーンだったと思いますが、落ち着いてマイナスのコースを見つけて完璧なボールを供給しており、ベテランになって圧倒的なエンジンで1on1を仕掛けクロスを上げきってくる怖さは無くなったものの、勝負所をモノにする技術は流石と言わざるを得ません。

浦和はこれ以降〜前半終了までの15分間、ビルドアップに非常に苦労していました。これは湘南がどのように守ったかというよりも、浦和が組み立てのリズムを見つけだすことが出来なかったことが理由だと思います。何がリズムを生み出すのかを定義するのは簡単ではありませんが、例えばパスを受けた選手が次にプレーすべきエリアと人(次のレシーバー)を見つけることが出来ているかは重要な要素です。この時間帯の浦和は前半のうちに点を返したいという想いからか、自らバランスを失っており、槙野が珍しくチームに対してネガティブな意味で感情的になるシーンがありました。

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43分、このシーンでは中央に阿部が降りており、槙野と遠藤は両サイドに大きく開いています。それを前提に菊池と橋岡の両WGは高い位置をとっています。にも関わらずマウリシオは中央でボールを保持しており、阿部との距離が近すぎるため湘南のイ ジョンヒョプ一人で両者がケア出来てしまっています。さらにビルドアップを助けるために柏木が降りていますが、中央を消されていることもあってこれもボールに近過ぎるポジショニングでもしボールを受けても効果的ではなく、前線の興梠、武藤にボールは入ってもサポート出来ません。中盤の他の選手はいないため前線を突こうとすると必然的に距離のある縦パスを通すしかありませんが、結果的にサポートが間に合わず孤立することになるため、浦和はサイドを経由してボールを前進させるしかありません。この後ボールを受けた槙野は菊池にパスしますがミキッチに縦を切られ、横にはサポートなしの菊池は後ろに戻す他なくバックパス。これが中途半端になると槙野が激怒し、前に運べ!とジェスチャーで示します。一方の菊池は押し上げて近くにサポートに来い!と返していました。

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上記の流れから阿部に再びボールが戻ると、左サイドからの前進を予想した柏木は前線のサポートのために上がっていきます。一方でボールのある左サイドでは槙野と阿部が横に並んでおり、特に槙野はほぼ意味のないポジショニングをしています。浦和の前線では5人が並んでいますが全員湘南の5バックに捕まっており、逆サイドでは遠藤がハーフライン近くにポジションしていますが、全くプレーに関与しておらず、またカウンターの対応という意味でも特に意味のないポジションを取っています。つまりこのシーンでは10人で特に中央を固める湘南に対して浦和は-2の状態で攻め込もうとしています。

上記のシーンについては基本的に槙野は菊池をサポートするポジションを取るべきだったと思います。槙野はカウンターで2失点目するリスクを考えたのか自分が高い位置を取ることはあまり考えていなかったようですが、前線の人数の掛け方からして菊池や阿部の頭にはミシャサッカーのビルドアップがイメージされていたはずです。そうであれば槙野はより高い位置でWBをサポートし、必要であれば前線まで攻め込んでいかなければなりません。槙野の頭の中にどのようなビルドアップのイメージがあったか不明ですが、自分を徹底的に監視し最終ラインまでプレッシャーに出てきている湘南の石川に対して、自分の横に一人置いて数的有意を確保すると同時に、前にチェックに来る石川の裏のスペースを直輝や柏木に使わせたかったのかもしれません。たしかに石川の裏を取って前を向くことができれば、興梠、武藤の裏抜けに対して湘南の最終ラインを下がらせながらアタッキングサードに仕掛けていくことが出来ます。どちらの考えが正しかったというのは試合前の準備も含めてチーム内にしかわからないことではありますが…。ちなみに、ビルドアップに一切関わっていない遠藤のポジショニングは、橋岡へのサイドチェンジのフォローの準備という意味があったと想像しますが、このポジショニングがミシャサッカーの文脈である事は明らかです。

失点した事による混乱だったのか、ベンチからの指示が曖昧だったのか、このビルドアップでの混乱はこれまでの試合でも時折見られていました。今節では湘南に先制された上に相手が受け身に周りやすい前半終了間際だったという事もあり、選手間の意思統一やビルドアップの整理が為されていないことが顕著に出てしまったのだと思います。

 

リズムを上げていく浦和、足が止まる湘南

後半開始から浦和オリヴェイラ監督は直輝に変えて長澤を投入。前半最大のチャンスを得意のパスアンドゴーから演出した直輝でしたが、フォーメーションを変更する関係もあってか前半のみで交代となってしまいました。浦和は浦和は3-4-2-1にフォーメーションを戻し、慣れ親しんだ立ち位置をベースに後半を進めていきます。

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さらに浦和は、60分過ぎに両WBを交代させ、宇賀神を右に、武藤を左に配置し、前線にナバウトを投入し交代枠を使いきり勝負に出ます。加えて阿部のサリーダをやめ、基本的に3枚で最終ラインのボール回しを行うことに変えています。これは湘南の足が止まって、最終ラインがボール回しに余裕を持てたこともあると思いますが、前半ビルドアップのイメージが合っていなかった部分の修正の意味も考えられます。

慣れ親しんだ3-4-2-1になったからか、湘南の足が止まったからか、浦和はプレーすべきエリアと人が明確になり、次第にビルドアップのリズムと前線での連動が見せられるようになっていきます。64分には最終ラインのビルドアップで槙野を囮に石川が空けたスペースを柏木が使い、それに連動した武藤がサイドの裏を取って前進。クロスは跳ね返されますがナバウトがボールを拾うと柏木とのパス交換、さらに槙野が後ろから「7人目」として攻撃参加しクロスから逆サイド大外の宇賀神が飛び込み決定機を作り出します。まさにミシャ式を思わせる連動と幅を活かした攻撃に危険を感じたか、湘南はこれ以降プレッシングを諦め、一層自陣に構えるようになり、浦和が押し込みゴールに迫る展開が明確になりました。

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湘南は前半ステバノビッチが出場していた時間帯は彼が2列目に降りることで5-4-1を形成できるような動きを見せていたのですが、松田になってからは5-3-2の並びで守る時間が長かったように思います。浦和は途中出場のナバウトがなんとか局面を打開しようと走り回りゴールに迫っていきますが、最大8人でゴール前に人垣を作る湘南の壁を打ち破ることが出来ず、逃げ切った湘南が埼玉スタジアムで初、チームとしては21年ぶりという歴史的な浦和への勝利を収めたのでした。

 

「水をすぐにワインには変えられない。」

試合後のオリヴェイラ監督は、このようにチームを変えていくのに必要な時間を表現しました。後半は湘南が下がった事もあり押し込むことが出来たものの、前半の均衡を自分たちのビルドアップで打開出来なかったことは修正されるべき点であり、オリヴェイラ監督も問題意識を持っていることは明らかです。一方で就任以来まともに練習が出来たのは二日間だけということもあり、チーム作りはほとんど0に近い状態で試合に望まざるを得ない状況は新任監督にとっては非常に難しいものと言えます。

現実的に考えれば、現状のチームは大槻監督のチームをオリヴェイラ監督を指揮しているだけの状態なのでしょう。オリヴェイラ監督としては少しずつ自らの色を出そうとしているのでしょうが、この2連敗を受けて一気に4バックを選択することもあり得るかもしれません。

ただし、この状態ではオリヴェイラ監督の指向するサッカーがどのようなものかわからないのが難しいところで、オリヴェイラらしさが出ているのか出ていないのかもわからない状態では評価もなかなか出来ません。鹿島で3連覇した際はシンプルな4-4-2ながらプレッシングとサイドバックを使った攻撃の連動性は非常に見応えがあるものでしたので、同じようなサッカーの構築を目指すのだと思いますが、今のところは中断期間を迎えるまでは耐えながら勝ち点を少しでも積んでいくということになろうかと思います。

次節川崎はリーグ3位、その次の鹿島戦は因縁の相手とのオリヴェイラ・ダービーと重要なアウェイ戦が続く2018年のゴールデンウィーク。混戦が続くリーグ戦は、今節を落としたことで14位に後退。すぐ下に同じ勝ち点12で15位鹿島、降格圏の16位鳥栖とは勝ち点4差と、全く気を抜けない厳しい戦いが続きます。

 

今節もお付き合い頂きありがとうございました。