96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

今季の浦和レッズの序盤戦とオリヴェイラ監督の試行錯誤について考えたこと

オリヴェイラ・レッズを覆う不安の正体

オリヴェイラ・レッズが停滞しています。リーグ7試合、ACLグループステージ3試合を終えて、それぞれ勝ち点は11と4。順位自体はリーグでは首位と勝ち点差6の7位、ACLでも得失点差でグループ2位となぜか悪くない位置につけているものの、前人未到のリーグとACLの同時制覇を目標に掲げるクラブとしては、結果はともかくとして内容的には物足りないと言わざるを得ません。昨年のリーグ終盤戦での安定した勝ち星の積み上げと、最後の最後で掴み取った天皇杯優勝。ベテラン監督らしい強かな手腕を披露したオリヴェイラでしたが、「大型補強」を経て今季こそ国内・アジアの覇権に正面から挑んでいくと期待されていただけに、これまでの結果が戦略・戦術上の疑問や心配、批判などを招いているのも仕方ないと言わざるを得ない状況です。

ではなぜ、オリヴェイラ・レッズは停滞しているのでしょうか。

今シーズン序盤の戦いの中で明らかになったオリヴェイラ・レッズの課題については、概ね以下の通りまとめられるのではないでしょうか。

  1. 攻撃をうまく構築できておらず、迫力がない
  2. 新戦力が継続して活躍できているとは言えない
  3. 3バックか、4バックか?いずれにせよ攻守に安定した戦いはできていない

安定したパフォーマンスを見せ、勝負所でしっかりと結果を勝ち取る、ソリッドで強いチームの構築を期待されたオリヴェイラ監督ですが、その期待を満足させられていないというのが正直な評価でしょう。また、納得いくパフォーマンスを魅せられていないことに加えて、同じような展開の試合が多く続くことでサポーターが監督の最も素晴らしい点と認識していた彼の修正能力にすら疑問が持たれ始めています。

今シーズンの迫力のない戦いぶりへの不安や、特定の選手の重用へ不満など、サポーターが抱える心配は様々かと思いますが、つまるところ、オリヴェイラ・レッズに対する不満、もしくは不安とは「オリヴェイラ監督が一体何を考えているのかわからない」ということにつきるのではないでしょうか。昨シーズンの論理的な戦い方の選択と試合中の盤面修正能力は僕もたびたび称賛してきたところですが、今シーズン、少なくともここまでの序盤の戦いではそれに値するだけの結果はなかなか見せられておらず、サポーターもオリヴェイラ・レッズに対して何を信じていけば良いのか、見失いかけている状態ともいえるかもしれません。

そこで、今回はオリヴェイラ・レッズの停滞の原因を探っていくとともに、オリヴェイラ監督自身がどのような思考と意図をもってここまでの戦いをこなしてきたのかについても探ってみたいと思います。これを通じて、オリヴェイラ・レッズの現在と過去について考察するとともに、今後オリヴェイラ監督は何を目指していくのか、我々サポーターは何を信じれば良いのかについても考えていきたいと思います。

 

オリヴェイラのプランニングを探る

浦和レッズの今シーズンの目標は、新しく社長になった立花氏や中村GM、そしてオリヴェイラ監督や現場の選手たちがたびたび明かしてきた通り、前人未到JリーグACLの同時制覇でした。この果てしなく厳しい目標を達成するためには、キャンプ中にオリヴェイラ監督が強調した通り、70試合近くに及ぶ公式戦を、時には3週間近くに及んで中3日、4日で戦い続けるような過密日程の中でこなしていかなければなりません。

そこで、オリヴェイラ監督を筆頭とするチーム首脳陣は、昨年のベースに加えた積み上げに、よりイニシアチブを握ることのできる戦い方―4バックの採用を当初から念頭に置いていたように思います。いつしか喫緊の課題とされるようになった両サイドの補強や、ボランチやSHでプレーできる選手の補強は、いかにも4バックを意識したものであると捉えられました。

一方で、オリヴェイラ監督はドラスティックな変化をチームに与えることを嫌っていたようにも思います。就任当初の彼がそうしたように、ミシャ・レッズの時代から最前線で戦い続け、ベテランの域に入りつつあるチームの主軸たちが慣れ親しんだ3バックを簡単に捨てるようなことはせず、むしろ3バックをベースに4バックを積み上げるという考えが根底にあったことは、キャンプでも3バックを中心に練習を続けていたことからも想像に難くありません。

端的に言えば、オリヴェイラのプランは序盤は慣れ親しんだ3バックでリーグ戦とACLグループステージを戦い、その中で新戦力をチームに馴染ませる。そのうえで代表ウィークによるリーグ戦中断期間等を使って、徐々に4バックを導入し、最後には対戦相手の特徴に応じて3バックと4バックを高いレベルで使い分ける。そうすることで、リーグとACLやその他カップ戦での重要でタフな試合が続くと予想される終盤戦で使える手札、つまり選手起用の幅とシステム・戦い方の幅を最大限に広げていくというものだったのではないでしょうか。前人未到JリーグACLの同時制覇は、11人+2,3人の選手だけは到底達成できないことをオリヴェイラ監督はよく理解していたはずで、そうであれば浦和レッズの巨大戦力を最大限活かすために複数のシステムを同時に使いこなせるチームを作り上げるという構想は非常に論理的と言えます。

 

当初から躓いた2019シーズン、ACL出場権の代償

しかしながら、オリヴェイラのチーム作りは初めから予定通りには進みませんでした。昨シーズン終盤の戦いで負傷した武藤、青木、ファブリシオはキャンプに間に合わず別メニュー。チームの肝となる選手たちの穴埋めを工面することが2019シーズン開始前からオリヴェイラに与えられた課題となりました。オリヴェイラ監督にとって、これら選手のシーズン開幕当初からの離脱は非常に厳しい制約だったと考えられます。根本的な原因は後述しますが、いずれの選手も2018シーズンのオリヴェイラ・レッズにおいて極めて大きな役割を担っていた選手であり、攻守それぞれにおいて彼ら(特に武藤と青木)の代役を見つけることは極めて困難であることは、監督であるオリヴェイラ自身が最もよく理解していたのではないかと思います。

一方で、これら昨シーズンの戦いの根幹を担った選手が不在なのだから、いっそ新しい武器として4バックに最初から舵を切っておけば良かったのではないか、という考えもあります。ここまでのオリヴェイラ監督のコメントから推察するに、監督は新戦力と既存戦力の融合を慎重に進めるきらいがあり、また将来(リーグ後半)の3バックと4バックの併用を最終目標と考えると、まずは昨シーズンからの積み上げのある3バックに新戦力を馴染ませるというステップを踏んだのではないかと考えます。また、リーグとACLの同時制覇を考えるにあたって序盤の最大の難関はACLグループステージであり、海外リーグの強豪と戦う中でしたたかに勝ち点を拾っていかなければいけないことを考えたときに、昨シーズンのやり方の継続を基本線に置いたとも考えられます。

結果論ですが、新戦力による昨シーズンの主力選手の代替は成功したとは言い難いものでした。FC東京戦での武藤と青木の復帰に至るまでチームは機能性を失い、迫力のない戦いに終始しました。ではなぜ、新戦力による穴埋めは失敗したのでしょうか。またその状況に対して、オリヴェイラ監督はどのように対処しようとしたのでしょうか。

 

オリヴェイラ監督の試行錯誤

ここからは、今シーズンの戦いの結果と要点を振り返るとともに、各試合の内容と結果を受けてオリヴェイラ監督がどのような修正を施したのか、またその修正の結果チームにどのような影響があったのかを中心に序盤の戦いを考察したいと思います。

 

ゼロックススーパーカップ vs川崎フロンターレ

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結果は0-1。試合の要点は下記の通り

  • 昨シーズンと同じく5-3-2のフォーメーションで昨シーズン王者に挑む。
  • 昨シーズンと同じく起点としたい右サイドでのビルドアップが完全に読まれ、橋岡にボールが入ったところで嵌められる。武藤の不在でサポートのない橋岡はサイドで孤立し、何度もボールを失ってしまう。
  • 守備でも第1プレッシャーラインで数的不利を形成され、川崎に自由なビルドアップを許したことで試合を支配される。

 

Jリーグ第1節 vsベガルタ仙台

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結果は0-0。試合の要点は下記の通り

  • ゼロックスで右サイドが狙い撃ちされたことを踏まえ、両サイドを左WB山中、右WB宇賀神に変更。
  • 引き分けたものの、武藤不在でビルドアップの形を失った攻撃構築は根本的に改善されず。

 

Jリーグ第2節 vsコンサドーレ札幌

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結果は0-2。試合の要点は下記の通り

  • 左WB山中、右WB宇賀神を継続。前節と同じスタメン。
  • 第1プレッシャーラインでの数的不利、限定の不足から試合の主導権を渡してしまう。
  • 札幌の中盤空洞化に対して明確な策を持たず、中途半端に追ったところでバイタルが開き、鈴木武蔵アンデルソン・ロペス、チャナティップに前を向かれ、自由にプレーされてしまう。
  • 攻撃でも、ビルドアップ時にアンカーのエヴェルトンを見張るチャナティップの役割に対応しきれず、攻守にわたって完全に攻略された試合となった。

 

ACLグループステージ第1節 vsブリーラムユナイテッド

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結果は3-0。試合の要点は下記の通り

  • 右WBに橋岡が復帰。宇賀神が左に回る。また機能していなかった杉本の代わりにアンドリューがチャンスを掴む。右CBには森脇を起用。
  • CKからの槙野のゴールを皮切りに、中央に飛び込んだ橋岡が2得点。デビュー戦となった汰木がドリブルからアシスト。

 

Jリーグ第3節 vs松本山雅

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結果は1-0。試合の要点は下記の通り

  • エヴェルトンに替えて柴戸をスタメンに抜擢。その他のスタメンはブリーラム戦から変更なし。
  • 前線からのプレッシングに苦しみつつも、戦力差からかボールを前に運ぶ回数は増える。ただしエリア内の崩しに再現性は見られず、ハンドで得たPKを守り抜く。

 

ACLグループステージ第2節 vs北京中赫国安

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結果は0-0。試合の要点は下記の通り

  • エヴェルトンがスタメンに復帰。また橋岡を右WBで起用。岩波と並べる。杉本⇒アンドリュー以外はゼロックス川崎戦と同じスタメン。
  • 相手の4バックによるビルドアップに全く対応できずに大苦戦。特に右SBを捕まえられず、深い位置に数多く侵入される。
  • 一方でゴール前に人垣を作り、この日決定力を欠いた相手FWにも助けられ、0-4の試合を0-0で乗り切る。

 

Jリーグ第4節 vsセレッソ大阪

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結果は2-1。試合の要点は下記の通り

  • 古巣対戦に杉本がスタメン復帰。右WB橋岡、左WB宇賀神は変更なし。森脇が右CBに入る。
  • ビルドアップを限定できず、サイドに展開された際の対応のために中盤がバイタルを空ける現象に改善は見られず。セットプレーからソウザのFKを浴びる。
  • 攻撃の形はなかったが、終盤に登場した山中とマルティノスの局所的な活躍でまさかの逆転勝利を掴む。

 

Jリーグ第5節 vsFC東京

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結果は1-1。試合の要点は下記の通り

  • 中断期間を経て、4バックを今季はじめて採用。戦列復帰した武藤・青木を即スタメン起用し、流動的な中盤は時にダイヤモンド、時にボックスと形を変えた。
  • カウンターに強みを持つFC東京はブロックを作り、浦和は右SBに入った森脇を使って右サイドから再三前進する。
  • カウンターで失点するも、最後は途中交代の山中のクロスを中央に入り込んだ森脇が仕留めて劇的な引き分け。

 

Jリーグ第6節 vs横浜Fマリノス

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結果は0-3。試合の要点は下記の通り

  • 4バックを継続。これまで途中出場から印象的な活躍をしていた山中を古巣戦でスタメンに抜擢。その他のメンバーは変更なし。
  • マリノスのポジショナルな組み立てに対応できず、中途半端にプレスに行ったところを裏返されてゴール前に迫られる。事故的な失点でリズムを崩し、結果的に3失点。
  • 枠内シュート1本と攻撃でも形を示すことができなかった。

 

ACLグループステージ第3節 vs全北現代

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結果は0-1。試合の要点は下記の通り

  • 3-5-2システムへの回帰。左WBに宇賀神、右WBに森脇を起用。中盤は柏木、エヴェルトン、青木。
  • 状況に応じて4バック⇒3バックに変形しビルドアップする全北相手に全くプレッシングがかからず序盤は押し込まれる展開となるが、それを耐えきると30分すぎから徐々に拮抗した試合に持ち込む
  • 最後はトランジションから中央になだれ込まれて失点するが、枠を2度たたくなどチャンスもあった。一方でエリア内を崩す形は見られず。

 

Jリーグ第7節 vsガンバ大阪

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結果は1-0。試合の要点は下記の通り

  • 3-5-2システムの継続。右WBに橋岡がスタメン復帰し、左WBには山中を起用。橋岡と山中の組み合わせは今季初。エヴェルトン、柏木、青木と固定化されつつある中盤。
  • 守備時は5-4-1を形成し、第1プレッシャーラインはセンターラインより低い位置に構える昨年の守備に回帰。
  • 攻撃ではガンバがブロックを作ったことでビルドアップに多少の改善。しかし相変わらず再現性がなく枠内シュートは3本に終わる。橋岡が競り勝つゴールキックで落ち着きを得る。

 

さて、上記の今季10試合の戦いぶりからみられるオリヴェイラの試行錯誤とはどのようなものでしょうか。まず単純に理解できるのは、今季はほとんどの試合で前の試合からスタメンに変更があるということです。上記の通り、直前の試合からスタメンを全く変えなかったのは仙台戦⇒札幌戦のみであり、その後は毎試合一人以上スタメンに名を連ねる選手は変わります。昨シーズン途中にオリヴェイラ監督が就任してからは、ケガなどで数試合ごとにマイナーチェンジがありましたが、特にシーズン終盤では興梠と武藤の2トップ、柏木、長澤、青木の中盤、左WBの宇賀神、右WBに橋岡、スリーバックは左から槙野、マウリシオ、岩波、そしてGKに西川の11人がほぼ固定されて連戦を戦い抜いたことを踏まえれば、今季のスタメン変更の多さは明らかに何か意図があるものと考えられます。

一方で、ここ10試合すべてでスタメンに名を連ねている選手がいることも特徴です。興梠、柏木、槙野、マウリシオ、西川がすべての試合でスタメンとなっています。4人の日本人選手はいずれもここ数年の浦和を支えてきたベテランで、マウリシオもJリーグ屈指の能力を持つ大黒柱ですので、これらの選手はチームの核と認識されているのでしょう。裏を返せば、今季のオリヴェイラ・レッズはこの5選手を核とすることは決まっていながらも、システムとしての最適な11人は決めかねている状態ではないかと推察できます。ところで、いやいやスタメン変更が多いのは今季戦うことになる多くの公式戦を見据えた「ターンオーバー」のようなものではないか、という意見もあるかもしれません。しかし、システムとしての最適な11人の選考に苦慮していると予想されるのは、選手起用におけるもう一つの特徴を考察することで補強されます。

 

属人的な「役割」の組み合わせによるシステム構築

オリヴェイラ・レッズの戦いぶりを考察するにあたって、絶対に外してはいけないポイントの一つがサイドでの起点づくりです。昨シーズンの分析記事でも再三にわたって触れている通り、オリヴェイラ・レッズにおける数少ない確率されたビルドアップの手法が右サイドの橋岡を起点にしたハーフスペース攻略でした。具体的なビルドアップ手順は昨年の鹿島戦の記事を読んでいただくのが一番手っ取り早いかと思いますが、今季序盤のこの苦しみの元凶ともいえる躓きは、まさにこの右サイドのビルドアップの躓きであったのではないかと思います。

今季初戦として臨んだゼロックス・スーパーカップでの川崎フロンターレ戦において、浦和は生命線のはずの右サイドを起点としたビルドアップを狙い撃ちされることとなりました。最終ラインでのパス回しの段階で左サイドに蓋をされると安易に右サイドに展開する傾向のある浦和のビルドアップを読み切っていた川崎は、岩波から橋岡にパスが出る前から橋岡へのアタックの準備ができており、ボールを受け取った橋岡に何もさせないまま浦和の右サイドで幾度となくボールを狩り取ったのでした。右サイドの攻撃を実質的につないでいた武藤の不在があったとはいえ、昨シーズンの安定した戦いを支えてきた柱の一つであった右サイドからのビルドアップを木端微塵に破壊されたことは少なくない衝撃を与えたはずです。

続く(Jリーグの開幕戦となった)仙台戦では、オリヴェイラ監督は早速修正に着手し、左WBに新加入の山中、右WBには久しぶりの右サイドでのプレーとなる宇賀神を起用する新布陣を敷きました。仙台戦を0-0でこなした後、続く札幌戦でも同様のフォーメーションで臨むまでが、オリヴェイラの「実験」の第1回と整理できます。その後は、札幌戦でビルドアップを封鎖されたことに対して右CBに森脇を起用したブリーラム戦~山雅戦、前線で我慢強く起用したものの仕事ができていなかった杉本に代えてアンドリューを起用したブリーラム戦~北京国安戦、それでも攻撃に明確な改善が見られなかったために4バックを採用したFC東京マリノス戦、4バックでの不安定な守備をみかねて3バックに戻した全北戦~ガンバ戦と、オリヴェイラ監督による一連の修正と実験は公式戦を10試合(ゼロックスを入れて11試合)を消化した現在でも続いています。

昨シーズン浦和サポーターが目撃した通り、オリヴェイラ監督はピッチ上の現象や選手のコンディション、試合の流れや相手との力関係を冷静に分析し、論理的に修正を施せる監督です。そのオリヴェイラ監督がこれほどに修正を繰り返してもパフォーマンスが高止まりせず、一向にシステムとしての11人の最適解を見つけられないのは何故なのか。これは僕の個人的な仮説にすぎませんが、オリヴェイラ監督は「あるシステム」に対応する11人を探しているのではなく、「システムとしてハマる」11人を探しているのではないでしょうか。つまり、彼の描く理想的なシステムとその機能美を目指してチームを構築しているのではなく、最もフィットする11人による有機的な11人の連結をぶっつけ本番で探しているのが浦和レッズの現在であると説明できないでしょうか。

その証拠ではありませんが、上記に見たオリヴェイラ監督の「修正」は、選手を入れ替えることに終始しています。例えば試行錯誤の発端となった右サイドでのビルドアップの瓦解についても、それは橋岡の個人能力が問題なのではなく、橋岡のサポートのために献身的に中盤に降りていた武藤の不在による部分も大きいはずです。そうであれば杉本にその役割を課すとか、興梠に武藤の役割を一時的に代替させるという「修正」もあっておかしくないはずです。しかしオリヴェイラ監督は右WBを宇賀神に任せるという手法を取りました。もちろん左WBに山中という優秀な攻撃性能を持った選手を抱えていることも判断の一因になったはずですが、うまくいかないポイントに対して人を替えることで対処するという「修正」の手法はその後も一貫しています。つまりオリヴェイラのサッカーは、システム上の役割に人が当てはまるという感覚はなく、選んだ11人がどんな役割を果たせるか、もしくは自発的にどんな役割を担ってくれるか、つまり11人が先にあって、役割は相互の関係から後付けで生まれてくるという感覚で構築されているのかもしれません。

 

難易度の高い空中ドッキング

目をつぶって、11人が円になります。右手の人差し指を前に出して、少しずつ歩み寄ります。11人の指先を同時に触れ合わせることがいかに難しいことかは想像に難くありません。オリヴェイラ・レッズが取り組んでいる作業は、まさにこの種のものでないかと思います。もしこの仮説が正しいとすれば、「やってみて最適だった」11人が選ばれるまで、この修正は本番の中で続きます。

このような人がシステムより先にある考え方は、戦術的なアプローチが流行する昨今においては悲劇的にも思えますが、実際には特別珍しいものではないでしょう。この手法は、端的に言えば個人能力が高い順、コンディションが良い順に11人を起用し、起用された11人の最大公約数を見つけていくアプローチになります。その中で、ある選手が担えない役割やある選手では果たせない機能を補完できる別の選手を起用してみて、パズルの凹凸がぴったりとハマるように、11人の組み合わせが噛み合うポイントを探す作業が続きます。

一方で、システムとしてハマる11人を見つける作業は困難を極めます。この手法ではピッチ上での決まり事はファジーであり、それぞれのポジションに与えられる機能は原則にすぎません。必要であればある選手が近いポジションの役割を担い、またある時はアドリブ的にチームメイトの挙動に反応していく必要があります。これらを勝ち点の落せない本番の中で、毎回違う相手と戦いながらすり合わせていくことは当然ながらピッチ上の選手には負荷となり、また1試合で手ごたえを得るのも難しいでしょう。それゆえか、オリヴェイラ監督は比較的うまくハマった試合(例えば仙台戦、ブリーラム戦、FC東京戦など)の次の試合ではほとんどスタメンを変更していません。これは監督自身がこのような空中ドッキング的な「システムの開発」の難しさを理解しているから故ともとれますし、裏を返せばこれだけ苦労してもやり方を変えないのは、それ以外の手法は持っていないことの証左ともいえるかもしれません。

もちろん、空中ドッキングにしても核が必要となるのは間違いありません。そしてシーズンが始まって10試合を経て、徐々に核となる選手が明確になり、パフォーマンス安定の兆しがあることもたしかです。前述の5選手、興梠、柏木、槙野、マウリシオ、西川に加えて、FC東京戦で復帰して以来必要不可欠な存在であったことを証明している武藤と青木、代表の活動の関係で出場機会を減らしているもののチームに必要なタフネスを供給し続ける橋岡など、結局のところ昨シーズンのメンバーは「最適な11人」としての存在感を日に日に高めています。

 

オリヴェイラ・レッズの覚醒

 ここで、この記事の頭、プレシーズンのオリヴェイラ監督のプランに帰ってきます。オリヴェイラ監督は、自身がこのように「人からシステムを構築する」監督であるからこそ、昨年の11人を暫定的な最適解として重要視していたのではないでしょうか。昨シーズンに天皇杯優勝をつかむまでに成熟した11人+αがチームの基盤であり、新加入選手は暫定的に最適な11人に付け足されていくことでチームが加法的に強化されていく。その過程に3バックと4バックのオプションがあり、最終的には多くの手札を抱える対応力の高いチームになる…これがオリヴェイラ監督のプランニングの根底にある思想だとすれば、まずは昨年の11人を基準に置くところから今季をスタートさせたかったはず。それが叶わないとわかった時にも、いきなり4バックを採用して昨年の「最適な11人」のバランスをなるべく崩さないように配慮した。試合をこなし課題が見つかるに従って彼らしく人を替えることで対処していたが、1試合でどうにかならないことはオリヴェイラ監督自身がよく理解しているため、多少でも手応えがあればなるべく継続して使い続けることを選んだ。そうこうしているうちに昨年の11人が揃いつつある現在…。このように考えると、「最適な11人」が開幕当初に揃っていなかったことで躓いたことも、その修正に人を替え続ける手法を選んでいることも、その試行錯誤に結果的に10試合を消化したことも、システム上フィットしているとは言い難いエヴェルトンを重用していることも、完璧にではないものの整理ができるのではないかと考えています。

ここに、昨シーズン8試合9得点のファブリシオが復帰します。Jリーグでも指折りの決定力を誇るファブリシオの復帰が、オリヴェイラの加法的なチーム強化の観点から重要であることは疑いようがありません。昨シーズンの終盤を勝ち抜いた「最適な11人」と、高い個人能力を誇るファブリシオ、そしてコンディションを上げている控え選手と今シーズン新加入の選手たち。すべての手札が揃ったうえで、今シーズンの「最適な11人」がどのように選ばれ、システムとして熟成していくのか。行き当たりばったりの手法のようにも思えますが、裏を返せば多くの選手にチャンスがあり、またピッチ上で連携が深まれば深まるほど選手の個性が強く発揮されるとも言えます。最適解が見つかるまではこれまでと同様の苦労が予想されますが、逆に言えば実験をし続けたこれまでの結果がリーグ7位、ACLグループステージ2位タイなわけですから、選手たちの実力は疑う余地がありません。苦しい試合を耐え抜いた先に、オリヴェイラ・レッズの覚醒を迎えることができるのか。タイトルを意識すると実験に使える時間はそう長くは残されていないものの、核となる選手を継続して起用できるようになったことで、今後は徐々にパフォーマンスが上がっていくのではないかと期待しています。

 

あとがき

もちろん、上記は僕の個人的な考察・妄想であり、これだけでは説明できない部分が多々あるのは事実です。一方で個人的に今季のオリヴェイラ・レッズに感じていた疑問について、ここ10試合を振り返って気づいた部分について自分なりに整理できたので、10試合という一つの区切りでこういうまとめたかをするのも悪くないかなと思っています。ちなみに、私の調べ方が甘いのだと思いますが、オリヴェイラ監督について、特に彼のチーム構築の考え方について仮説を立ててまとめた文書を参考に探したのですが、ほとんど見つからないことに驚きました。オリヴェイラ監督の全盛期ともいえる3連覇時代でも、オリヴェイラ監督論がほとんど見つからなかったのは結構不思議です。「オズの魔法」の正体とは何なのか?彼の基本思想は何なのか?マネジメントやフィジカル・メンタルケアの卓越性以外に、彼のサッカー観やチームビルディングの手法について掘り下げた参考文書が読みたかったのですが…。逆に言えばこれは、結果的にオリヴェイラ監督はシステムではなく人を先に考えているでのは?という仮説を補強することになりました。思えば3連覇時代の鹿島も、ピッチ上でそれぞれの役割を調整できる選手がたくさんいたのだと思いますし、基本的に固定された選手たちが最適な11人として有機的なシステムになっていたのではないでしょうか。このあたりの仮説を強力にサポートしてくれそうなのは、まさしくオリヴェイラ監督の下で3連覇を成し遂げた岩政・石井両先生です。

オリベイラ監督の1番の長所はマネージメント力だと思います。選手はもちろんのこと、スタッフ一人一人を信頼し、責任を与え、クラブ全体に仕事のしやすい空気が流れていました。

 また、バランス感覚が優れていました。戦術面ではいくつかの約束事に口うるさく指導するかわりに、細かい判断や臨機応変な対応は選手に任されていました。基本的には我慢してあまりメンバーをいじりませんでしたが、変えるときにはスパッと、まさかと思うほどの思い切りのよさで変えることがありました。

 信頼感と危機感、攻撃と守備、速攻と遅攻、ハイプレスとリトリート、ボールポゼッションとロングボール。あらゆる面でチームはちょうどいいバランスを見つけていきました。

レッズ監督就任。オリベイラとはどんな監督なのか? | 元サッカー日本代表・岩政大樹が挑む「サッカーへの常識」

偏屈な見方かもしれませんが、言葉に拘りの強い岩政先生が「(ちょうどいいバランスを)見つけていきました」と書くのは印象的です。自分たち(ピッチ上の選手が主体)で見つけたんだ、という意識を感じます。また他にも、

岩政 オリヴェイラの時も、同じような現象が起きましたね。1年前に指揮を執っていたパウロ(・アウトゥオリ)が相当厳しかったところに、オリヴェイラが自主性を持ち込んだ。選手たちに良い雰囲気が生まれて上手くいった部分がありました。そうした経験も参考になりましたか?
 
石井 なりました。オズワルドの時になぜ成功したかと言えば、前の年のパウロのきっちりした形が選手の身体に染みついていたから。そこに自主性を持ち込んだオズワルドのやり方がハマった。私の場合もセレーゾのきっちりした戦術のベースがあり、そこに自主性を加えたことで上手く行った部分がありました。

舌を巻いたオリヴェイラの見極め。「優勝争いのポイント」を知っていた【石井正忠×岩政大樹#2】 | サッカーダイジェストWeb

 などとも。現場でオリヴェイラ監督と長く仕事をした彼らの言葉は、ここまで考察してきたオリヴェイラ監督の仕事の仕方とリンクする部分が十分あるような気がします。

さて、このエントリで言っていることは、「オリヴェイラはシステムに人をあてはめるのではなく人からシステムを構築するってわかりました」なのですが、ともすれば「オリヴェイラに明確な戦術はないな!」というバッシング記事とも読まれかねません。ただそうではなくて、最近言われる「戦術」がピッチ上の現象を可能な限りコントロールするための術であるとするなら、オリヴェイラ監督の戦い方はピッチ上の現象は完全にコントロール出来るものではなく、ピッチ上の現象はピッチ上で解決される必要があることを受け入れているものではないかと言いたいのです。そして、これはこれで観察の対象としては面白いのかなと思っています。僕自身はピッチ上の現象をコントロールするために「戦術」的な狙いをもって選手を選び、チーム(ゲーム)を構築していくタイプの監督と、そのチームの戦いぶりを追いかけるほうが楽しいのですが、ピッチ上の現象を可能な限りコントロールする術を持っているかどうか、それを仕込めるかどうかがこれだけ評価されるようになったJリーグにあって、最低限の約束事とごくごく基本的な原則以外はピッチ上での差配を許容し、選手に任せる部分を残すという、ある意味で牧歌的な思想の監督がどれだけの成果を残すのかというのは、それはそれで面白いテーマではないでしょうか(そもそも、すでにJリーグに復帰したシーズンに天皇杯をとる成果を挙げているわけですが)。また、オリヴェイラ自身にいわゆる戦術的な仕込みがあまり期待できないのでは、という前提で見ると、逆にピッチ上の浦和の選手たちの戦術的なリテラシーが色濃くパフォーマンスに反映されるのではないかと思っていて、そういう部分を見ていくのも楽しみのひとつかもしれません。本文で書いた通り、総合力の高い選手の総和とそれぞれの役割の補完関係で戦うサッカーなので、時間との戦いですが最適な11人が有機的に連結するシステムを発見した時、パズルのピースがハマった時の最大火力みたいなものはリーグでも屈指のものを持っているはずで、それがリーグ終盤までに確立されるとしたらどんなパフォーマンスになるのか、それがJリーグに押し寄せる戦術家たちのサッカーにどう通用するのか。結局、戦術や約束事によってピッチ上の現象をコントロールすることがどれだけ流行っていても、サッカーは根本的に不確実性のスポーツであり、その事実を潔く受け入れて選手に任せる監督がどのように勝てるチームを作り上げるのかを観察するというのも、また楽しみではないかと思います。

最後に、こういう趣旨の記事なのであえてピッチ上の個別の現象に関する記述は避けています。例えばなぜ興梠にゴールが少ないか、左サイドでのビルドアップがなぜ改善されないか、3バックと4バックの使い分けの考え方、エヴェルトンは何故長澤との競争になるのか等、触れることのできなかった部分は多々ありますが、それは今後別の機会に書ければなあと思っています。

 

長文にお付き合いいただきましてありがとうございました。