96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

ピッチ上のコンセンサスと、「諦めの悪さ」について。 Jリーグ2019 vs川崎フロンターレ 分析的感想

さてさて、大槻(正式)監督の初陣です。いつかは大槻監督タグをつける試合が増えるだろうとは思ってましたが、こんなにも早いとは。たぶん大槻(暫定)政権の昨年の試合はほとんど記録に残していると思うのですが、ルヴァンでは4バックも使っていたんですね(もう忘れてる)。印象ですが、大槻さんは結構マルティノスを起用している気がします。能力に特徴があって使い所次第の選手を自分のプランに組み込むのが得意か、単純に好きな監督なのかもしれません。

 

スタメンと噛み合わせ

両チームのスタメンは下記の通り。浦和は5-4-1で、シャドーに武藤とマルティノスを起用。ボランチに柴戸、右WBに岩武が入り、明治大学主将コンビがスタメンとなりました。山中に替えて宇賀神の左WB、鈴木大輔ではなく岩波を起用した右CBなど、結構メンバーの入れ替えがありました。

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浦和側ベンチ:福島、鈴木、山中、エヴェルトン、荻原、森脇、杉本

川崎側は、最近の詳しい事情はわからないですが左SH長谷川、左SBに登里のコンビ。車屋は右SBに回っています。車屋って左利きだよね?と思いつつ、万能にこなせちゃうんでしょうね。あとは谷口の相棒がジェジエウというブラジル人CBに。

噛み合わせという意味では、3バックと4バックの組み合わせなのでお互いのサイドの選手をどのようにケアしていくかが重要なポイントになります。浦和であればWBがSHを見るのか、SBまで出ていくのか。川崎側からすれば、SHとSBの間に立つであろうWBを囲い込めるのか、自由を与えてしまうのかなどがゲームの趨勢に影響しそうです。次に中央ボランチ同士の2on2と浦和の最終ライン、特に川崎がボールを保持している場面で浦和が中央の守備をどのようにデザインするか、いかに川崎の上手い選手たちに自由を与えないかが大切です。大島と守田は頻繁に縦関係になってくるので、大島がトップ下に入ってくると最終ラインの3on2が数的同数になってめんどくさかったり。あとは、これまでを踏襲した3バック(5バック)守備をベースに、戦いかたの部分でどこまで違いを見せられるかというところでしょうか。ちなみに、普段あまり陣地変更をしない浦和がコイントスで陣地を取ったのも大槻監督の指示でしょうね、この辺のなんでもやる感が大槻監督の好きなところの一つです。

 

大槻(上野式)解任ブーストレッシングと川崎による観察

試合序盤は、浦和のプレスから。WBが川崎のサイドバックを見ることを明確にし、最終ラインに人を余らせないように前へ前へ圧力をかけていきます。いきなり目立ったのは岩武のアグレッシブな出足と対人能力で、彼が登里からひっかけてボールを2回連続で奪ったシーンが印象的です。

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三日間という短い期間の中で大槻監督(とたぶん上野コーチ)が仕込んだのは、前へ出て行く積極的なプレッシングでした。序盤の岩武の活躍は図の通りの状況。岩武が前に出て行く裏で、5バックの残りのメンバーがスライドして4バック化するのがポイントです。この守り方はJ1を戦っていた頃の高木監督の長崎がスタンダートにしていたやり方ですね。最終ライン、特にWBには運動量が求められますが、5バックでも前へ前へ出て行くにはこの方法が基本になると思います。

また、中盤の4枚は横幅を狭くして中央からアプローチに出る形。これはオリヴェイラ時代の神戸戦でも似たような守り方をしていましたが、まずは5-4-1の4がお互いの隙間を狭くして中央を固め、そこからサイドやボランチに出て行くやり方でした。おそらく相当丁寧に整理したんだと思いますが、柴戸と青木を中心に、中央から川崎のボールホルダーに襲いかかる守備は迷いがなく、熱量に溢れていたように思います。このへんのモチベーションは解任ブーストの賜物でしょうか。

一方の川崎は、キックオフから守田が下がってビルドアップ。川崎は大島と守田が縦関係となり、家長と長谷川は大きく開いた状態でスタート。家長は時々降りてきますが長谷川はほとんど画面に登場しないほど開ききったポジション取り。ジェジエウは少し下がり目ですが、最終ラインに降りる守田、谷口と3バックを作ります。これは、浦和の形を見て、というよりも自分たちが普段やっているビルドアップの型に自動的に入った感じでしょう。とりあえず、という感じで谷口から登里に出したところでいきなり岩武にひっかかっていまいます。

岩武が2回目に引っ掛けた場面、こぼれ球を岩武自ら拾えたことで一気にカウンターへ。武藤から興梠へサイドを変える横パス、一度柴戸を経由して宇賀神とつなげて宇賀神のシュータリング。興梠がスルーしたボールはゴールに吸い込まれ完璧に狙い通り!という感じでしたが、興梠のオフサイドで得点が認められず。川崎が浦和の出方を探り始めたところでハマったゴールだけに、認めてほしかった…。(ただ、特に浦和も抗議していないので、納得感はあったのでしょうけど。)

さて、解任ブースト状態の浦和が前から来ることはある程度予想していたであろう川崎ですが、いきなり形を作られてしまいました。荒木主審が接触を流し目に取っていることもあって、この序盤の時間帯は浦和のカウンターを度々食らってしまっていました。ただし、そこからじっくり浦和のやり方を観察し始めることができるあたりがチャンピオンチームです。川崎の選手たちはほどなくすると、上述の浦和の守備が、スタンダートなセットでは2トップを3バックで見つつ、WBが川崎のSBにアタックしてくること、そして浦和の中盤4枚が横幅を圧縮して中央のスペースを消していることを理解し始めたように思います。

6分50秒ごろのビルドアップ。なんでもない展開でしたが、右寄りの位置から守田からボールを受けた大島が中央でターンし逆サイドへ展開した時点で守田、大島、登里、そしてその後ろの谷口が逆サイドの中盤にできるスペースを認知したようでした。この場面での展開は岩武が長谷川のドリブルに粘り強く対応し武藤のヘルプもあったことで浦和が奪い取りカウンターに出ましたが、ここから川崎の選手たちは浦和の中盤4枚が狭く構えており、川崎が右から運んだ際に逆サイドのSBの前が使えることを意識し始めたように感じます。

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9分も川崎は右から構築。まず家長までボール届けて浦和を5-4-1セットにさせ、家長から谷口を経由して登里へ。この場面も同じく右から左への展開を試す川崎でしたが、岩武が出足よく登里にアプローチしているため、浦和としてもSBが浮いてしまうことは認識済みだったのだろうと思います。しかし、この場面ではスライドして長谷川を見る役割の岩波が表に突っ込んでしまい、その瞬間をついた長谷川のフリーランに登里が完璧なスルーパスで反応することで一気に背中を取られてしまいました。クロスはエリア内で小林悠の左足ボレーがミートせずに終わりましたが、浦和からすれば登里が中盤4枚の脇に入ってくることはある程度想定内としても、そこから自分たちのスライドの関係で岩波が引っ張られて長谷川とサイドで勝負になるのは非常に都合が悪いため、このプレーが浦和の最終ラインに恐怖を与えたことは間違いないでしょう。逆に川崎は浦和の中盤4枚の脇に入り込む登里と、大外からアクションを起こす長谷川の左サイドでの崩しに手応えを感じたはずです。後から考えれば、このプレー、なんと9分までの時間帯で川崎は浦和のブロック攻略の糸口を掴んでいたことになります。

 

ピッチ上のコンセンサス:続・川崎の工夫

11分の川崎のビルドアップ。やはり車屋が右から運んでレッズのブロックを押し込みます。家長が受けてから大島を経由し逆サイドのスペースに出た登里へ。今度はダミアンにくさびを入れますが、岩波が対応しここはやらせない。川崎はやはりこの時点で右サイドから左サイドのスペースを攻略しようというコンセンサスを持ちつつあり、さらに単純に大外の長谷川を使うだけでなく長谷川のとった幅を活かして中央のダミアンや小林に当てる工夫を混ぜ始めています。13分の川崎のボール保持も同様で、谷口が川崎の左サイドでの登里の状況を見ながら、あえて右に戻して浦和を寄せようとするなど右から左への流れを意識していることがわかります。また登里にボールが出ることがわかっている武藤が自分の脇のスペースを意識すると、今度は谷口から直接縦パスでダミアンを使おうという意識もみられ、一つきっかけをつかんだ川崎の選手たちが一気に応用アイデアまで混ぜながら浦和の守備ブロックの挙動を観察し攻略しようとしていることがわかります。おそるべし川崎フロンターレ。ただ、ダミアンや小林に入るボールは岩波、マウリシオがタフにケアしており、川崎のCFに収まるシーンは作らせず、浦和としては序盤から肉は切られまくっているものの骨までは簡単にやらせないという守備ができていたと思います。これが、終盤まで続くこの試合の大きな潮流となっていきます。

さて、15分を過ぎると浦和の解任ブーストプレッシングも落ち着きを見せ始め、川崎は浦和の5-4-1ブロックが最終ラインにはほとんどプレッシャーをかけてこないことを理解し、守田はほとんど最終ラインに降りないようになります。不必要に最終ラインに降りないという判断を、相手の出方を観察した上で15分までに完了させるインテリジェンス、さすがに代表に選ばれるだけあります。守田は安易に最終ラインにおりない代わりに、SBを起点に浦和のブロックを寄せてから逆サイドに振る攻撃を指揮しつつ、自らも中盤から少し前目にプレーするよう自らのプレーエリアを調整していきます。

川崎の次のチャレンジは、時間のあるSBからいかにしてゴール前に迫るかという話になっていきますが、ダミアン、小林への縦パスは浦和の3バックが厳しくマークしており簡単にうまくはいきません。すると川崎は谷口が高い位置を取り、浦和の5-4-1の4の脇から中央の大島への斜めのパスというバリエーションも見せ始めます。このあたりの受け手と出しての豊富さは川崎の真骨頂。その直後には、左右に振りながら谷口、登里を経由して大外の長谷川へ、長谷川が抜ききらずに上げたクロスはファーに飛び込んだダミアンのギリギリでマウリシオがクリア。10分すぎから20分にかけての時間でエリア内にボールを届ける経路を確立する川崎のピッチ上での戦術的コンセンサスのつくり方は極めて質が高いと認める他ありません。

20分以降も同じ展開。川崎が浦和のブロックの中、エリア内にどうやってボールを届けるかの試行錯誤をしていく時間になりました。そして30分以降、左サイドに張って対面の宇賀神を磔の刑にしていた家長が幅を取るだけでなく中央、そして逆サイドにフリーマン的に入り込んでくるようになります。

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この間、川崎の右サイドの幅取りは車屋に託されることになりますが、横圧縮によりタイトな守備をしていた浦和の中盤に対して、家長の参加によって数的有意または同数を作ることが可能になります。結局この家長のフリーポジションが後半川崎に先制点をもたらすのですが、それでも前半の間は浦和はなんとか耐えることができていました。一方でこの段階まで川崎の攻略が進むと、ラインはかなり押し下げられており、押し込む川崎とロングカウンターを狙う浦和の構図は一層鮮明になっていきました。40分の長谷川と小林のワンツーからのクロス、逆サイドで拾っての車屋の仕掛けからの大島のミドルなど中には非常に迫力ある一連の攻撃を仕掛けられたものの、なんとかゴール前を固めた浦和が守り切って前半を終了します。

 

ピッチ上のコンセンサス:浦和は防戦一方だったのか?大槻監督の攻撃プラン

さて、ほとんど川崎のやっていたことだけを抽出して前半が終わってしまったのですが、では浦和は何もできなかったのでしょうか。実際は違いました。これまで見てきた通り中盤の4枚の脇のスペースを糸口に川崎のビルドアップとアタックを許していたものの、最後のところでは3バックを中心に川崎の攻撃をブロックすることもできていましたし、また大槻監督はボールを奪った後の展開にも策を用意していたようでした。

基本的には中盤の4枚のうちマルティノスが若干前目に残り、最前線の興梠の後ろで一人だけ1.5列目チックな位置どり。4枚の横圧縮と最終ラインへのプレスバックでボールを奪うと、ショートパスをつないで前を向く選手を作り、高い位置を取る川崎のSB、主に車屋の裏を狙うマルティノスか2CBの間へ走り込む興梠へ長いボールをつけることが狙いとなっていたようでした。ひとつ象徴的なプレーだと思ったのは27分前後のプレーで、川崎のボール保持で大島が左から右へサイドチェンジを図った場面。この場面では川崎の左SB登里はもちろん右の車屋も高い位置を取っており、川崎の最終ラインはジェジエウと谷口の2枚で興梠に対してセーフティを取っている状態でした。興梠は宇賀神がインターセプトした瞬間に二人の間に走り出しており、宇賀神もその動きを認知しロングパスを蹴ろうとしていたように思います。さらに興梠の背後では若干攻め残り気味のマルティノスが控えており、もし宇賀神からロングボールが出れば、なにが起こってもおかしくない2on2の形になりそうな場面でした。結果的には車屋が素早く寄せてノーファールで回収されてしまうのですが(無理くり帳尻を合わせてくる車屋の能力の高さ…)、この場面は一つ狙いがハッキリと出たシーンだったと思います。

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また、もう一つ印象的だったのはポジティブトランジションでの繋ぎで、ミスを恐れずにパスをつけながら前進していくのはオリヴェイラ体制では失われかけていたプレーでしたので、この辺りも大槻監督体制になったことで改善が期待できると思います。

それでは、浦和のボール保持でお互いセットするシーンはどうでしょうか。川崎のブロック設定は標準〜若干低め。浦和の3バックでのボール保持に2トップが追いかけることがあるものの、積極的、包囲的という感じはありません。最近の浦和vs川崎の試合は3バックの浦和オフェンスvs4-4-2でセットする川崎ディフェンスという構図になり、川崎の浦和WBへの対応がポイントとなる試合が続いています。3バックへのプレッシングに川崎のSHが飛び出した際に浦和のWBにボールが通ると川崎はSBが前に出てWBに対応することになりますが、そこでSBが出た裏、川崎の2枚のCBの脇を使う攻撃を狙うというのが浦和(3バックでセットするオフェンス側)のポイントになっています。昨年のホームでの試合でもこの形でゲームが動いており、WBの橋岡にボールが入った瞬間に川崎の左SB(当時は車屋だった記憶)の裏を陥れた武藤の折り返しから興梠がゴールを沈めて勝ち切った試合は記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。

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これは川崎の守備がどうこうの前に3-4-2-1と4-4-2の噛み合わせの問題で、川崎の泣き所とも言えるポイントです。このWB対応によってできるギャップという基本問題を大槻監督が軽視するはずもなく、浦和は早速このポイントを試しています。例えば5分の浦和のボール保持、宇賀神に入ったところに車屋が前進して対応すると、車屋の裏へマルティノスが走り込んでいます。しかし、浦和として難しかったのはこの基本的な狙いの再現度が左右のサイドで違ったことでしょうか。試合を通じてビルドアップから川崎のSB裏を突く攻撃を再現できていたのは浦和の左サイドで、右サイドではなかなか効果的な形を構築できませんでした。左右で完成度が違ったのは、浦和の両WBの立ち位置とプレーの質の違いが原因だった気がします。川崎のSBを十分に引き出すには、川崎のSHの背中を取りつつSBには近づきすぎない立ち位置を探す必要があり、その上で川崎のSBをなるべく引き出しつつプレスバックしてくるSHに捕まらないタイミングで裏を使う必要があります。このあたりのプレーはWBの経験が長い宇賀神に一日の長があり、右WBの岩武は前で受けすぎて登里と深い位置で正対してしまうなど、悪い失い方はしなかったものの登里の裏にスペースを作ることはあまりできなかった印象です。この辺りはこれからの成長に期待したい部分ですが、これによって登里を守備面で困らせることができなかったのは浦和はもったいなかったポイントの一つでした。

そんなこんなで、川崎の右SB車屋を宇賀神が引き出してその裏を使う攻撃は左サイドで主に機能していました。しっかり形になったのは、マルティノスがサイド深部で作って柴戸を経由し、降りてきた武藤の惜しいミドルがあったシーンなどでしょうか。しかし浦和にとって悪いことに、車屋の裏は不条理な身体能力を発揮するジェジエウにカバーされており、ジェジエウをかわしてエリア内に迫るシーンはなかなか作り出せませんでした。せっかく作れる左サイドの裏は野獣が待ち構え、かといってジェジエウのいない右サイドの裏はなかなか狙い通りに使えないという、浦和にとってはもどかしい構造に陥っていたように思います。

 

こじ開けた川崎。しかし崩れなかった浦和

試合は後半へ。引き続き川崎があの手この手でゴールに迫り続ける展開が続きます。

46分、コーナー崩れから最後尾でキープし、左サイドで登里が持った場面。幅を取っている長谷川に加えて、ダミアンが大外に流れます。これに併せて長谷川がインナーラップで裏を狙う動きが連動。長谷川にボールは出なかったものの、川崎はおそらく、前半の左サイドを起点にする崩しに加えて浦和の3バックを引き出すことで最終ラインの選手間にスペースを作り、このチャンネルを攻略する攻め方を共有したのではないかと思います。

続く50分、前半と同様に家長がボールの流れとは独立して逆サイドまで流れます。浦和の5-4-1の4のスライドに対して、家長が入ってくることで中盤での数的同数を作ると、家長のフリックで小林へ、反転からシュートも西川の正面。そしてついに、53分に川崎の先制点。浦和のクリアから川崎が作り直し。家長が逆サイドに寄ることで長谷川、登里、家長、守田、大島の5人でサイドの組み立てが始まります。浦和は大外に張った長谷川の対応に岩武が、間で浮いている大島の対応に岩波が基準を置いている状態でした。中央ではマウリシオが小林を、槙野がダミアンをマークしており、大外では宇賀神が余っています。まず長谷川が密集へドリブルで仕掛け始めますが、ゴールは見ておらず特にスピードも出ていません。そこで岩波が大島をマークしつつ中央を消そうとコースを閉めに出ると、その裏。マウリシオとの間にできたチャンネルに後方から登里が飛び込み、それを知っていたかのように長谷川からスルーパス。登里はほとんど中央を確認せずにゴール前へ折り返すと、槙野の背中から詰めたダミアンがフリーで押し込み先制。直前に槙野はGK前のエリアを消すために宇賀神にダミアンを任せているのですが、宇賀神が槙野のアクションにもダミアンにも気づけておらず、おそらくボールウォッチャーになっていたと思います。もしくは声かけが十分ではなかったか。とはいえ、気づけていたとしてもどんな対応が出来たかはわからないほど良いボールが槙野と西川の間を抜けてしまったのは事実です。川崎としては浦和の5-4-1の横でプレーする左SBの登里(第一フェーズ)、5-4-1ブロックに対抗するための家長の逆サイドへのオーバーロード(第二フェーズ)に加えて、浦和の3バック同士の距離感を開けてそこに走りこむ(第三フェーズ)といったプレーがしっかりと実を結んだロジカルな崩しで浦和のゴールをこじ開けることに成功したのでした。ブラボー。

浦和は直後の54分に失点前から準備していた交代でマルティノス→荻原で馬力を補充しますが、その後も川崎ペース。56分にも家長が中央でプレーすることで間接的なチャンスメイク。大島とのパス交換から小林に縦パス。このパスはこぼれてしまい、家長もこぼれ球に反応できませんでしたが、後ろで控えていた大島がボールを拾うと即座に裏に走りこんだ小林へ。左足の強烈なダイレクトボレーは西川がなんとかストップしたものの、ここでも家長が中央に入り込むことで青木-柴戸の浦和の中央ボランチラインと数的同数となり、一人が動きを止めて一人がサポートに入る形でボールを奪っていた前半の浦和の守備が実行しにくくなった影響が出ていると思われます。やはり数的同数で自分がかわされれば背中を使われてしまいカバーもないという状況では、なかなか出足の良さを発揮するのも難しいということでしょうか。

浦和はもう一枚、56分に岩武に代わって森脇が交代出場。岩武が特別悪かったわけではないでしょうが、攻撃時の起点をつくるところと、単純にデビュー戦だったので90分は難しかったというところでしょうか。引き続き、川崎の攻撃。58分ごろの小林フリックからの長谷川の突破からクロスまでの流れも家長の楔のパスがきっかけになっていました。DAZNでは放送されませんでしたが、スローインをしたのは登里のはずなので、家長が逆サイドに流れてきたことで枚数が1枚増えた分の恩恵を川崎は十分に活かしていたと思います。

かなりの決定機を作られた浦和ですが、西川のグッドセーブを含めて最後の最後で崩れなかったことが結果に影響したことは間違いありません。60分以降はお互いに少しオープンになり中盤での奪い合いが増えてきたこともあり、浦和は荻原が中央や右サイドの裏へ走り込み、興梠とクロスする形でロングボールを引き出そうとするなど、少ないながらも意図をもった仕掛けを見せる場面もありました。ただ萩原はマルティノスの代わりという役割だったため、素直に川崎の左サイド裏、浦和の右サイド奥に侵入すべきだったという反省もあるようですが。ただサイドの守備を含めて武藤もかなり消耗していたと思うので、結果的には荻原の前へ前への姿勢がチームを助けていたといえるかもしれません。

 

最後の時間帯。試合を終わらせない川崎と「諦めの悪い」男たち。

さて、最後の時間帯。70分過ぎに車屋が中盤で荻原と宇賀神の間をぶち抜くドリブルを見せた後にふくらはぎのトラブルで交代を要請。不思議なことに、そこから実際に交代になるまで5分以上川崎はプレーをまともに切りませんでした。車屋が大丈夫と判断したのか、気づいてなかったのか。車屋自身もはっきりと倒れこみプレーを切ればよかったようにも思ったのですが、特にそうもせず。何か中途半端に感じたシーンでした。

77分、川崎のボール保持。もはやこの試合の基本パターンのようになった家長の左サイド流れから、守田がダミアンに縦パス、ダミアンが小林へフリックし、小林のリターンを守田が受けてシュート。後半のこの時間帯でも縦パスをつけて3人目としてボールを受けるイメージが明確にあり、それを実行できる守田は素晴らしいの一言なのですが…。80分に差し掛かっても、浦和がボールをつないだ攻撃を繰り出せなくなる中で、川崎が冷静にボールを回収してゴールに迫る展開。この試合何度目かわからない長谷川の裏取りから岩波をもかわして折り返し。小林がフリーで飛び込みます。ボールが若干ずれて強いシュートにならず、西川が回収したもの、あくまで2点目を狙う川崎。一方で、川崎ベンチは86分に知念と山村を投入して2トップを交代します。

そして93分。最後まで浦和は攻撃の形を作れず、一方の川崎はたびたびゴールに迫る展開。しかしジェジエウが裏へのこぼれ球をパスしたボールが流れて登里がスローインにすると、浦和は宇賀神のロングスローを選択。こぼれたボールをマウリシオが放り込み、これにファーで荻原がくらいついてシュート。ジェジエウのブロックを受けたものの、最後の最後にCKを獲得。ラストプレーとなったCKは一度は跳ね返されたものの、宇賀神のシュートミスを西川がフリックし、最後そこにいたのは森脇。咄嗟に蹴り込んだボールは谷口にあたってゴールに吸い込まれ、その瞬間にドローでの試合終了が確定したのでした。

さて、この劇的な展開をどのように解釈すべきでしょうか。誰もが納得できる説明は難しい気がしますが、個人的に気になったのは川崎のゲームの締め方でした。宇賀神のスローインを招いたジェジウ→登里のシーンで、あのつなぎが必要だったか?80分を過ぎてもボールを残してビルドアップする必要があったのか?最後に森脇の完全な枠外当たり損ねシュートが谷口に当たってゴールに入るなど、川崎からしたら本当にただ運が悪いだけと考えても間違いではないと思うのですが、もしも川崎側に原因を求めるなら、あのつなぎが必要だったのか、ひいては時間帯によってはビルドアップではなく、山村にロングボールをあててこぼれ球から裏を狙うなどの選択肢はなかったのかなあと思った僕でした。もちろん、90分+αまで自分たちのスタイルを貫き、簡単にボールを相手に渡さずに繋ぎ続ける、という考えであれば、あそこでパスミスをしたジェジエウとトラップを流してしまった登里が悪いということになるのですが、主導権を完全に握りながら、ゲームを終わらせて勝ち点3を確保する権利を行使しなかった川崎の最終盤の選択が気になりました。車屋のアクシデントのシーンも、わざわざ実質10人で5分もプレーしなくても、じっくり試合を止めても問題なかったと思うのですが、川崎としては自分たちの考え通りに行っていた試合を止めたくなかったのかどうなのか。

一方の浦和。貴重な、貴重な勝ち点1を引き寄せたのは、「諦めの悪い」男たちでした。一人はゴールを決めた森脇。もう一人は、CKをもたらした荻原。森脇は、よく劇的なゴールを決めますよね。どこかにデータが出ていましたが、彼の最終盤での得点力は本当に不思議です。彼の座右の銘のごとく、「気持ちには引力がある」なのか。ひとつ確実なことは、彼は一番どうにかしなければいけない時に、可能な限り必要な場所に入っているということです。これ、本当にいつもなんです。いつもというのは、「うまくいかなかった時もいつも」なんです。彼がゴール前に入って、惜しいシュートを決められなかったことも、そもそもボールが来なかったこともたくさんあるのです。でも、やめない。最後の最後のラストプレーまでやめない。諦めない。これは本当に凄いことだと思います。僕なんかは非常に打算的かつ諦めやすい性格なので、ダメそうなら結構簡単に諦めてしまいます。もちろん、何かチャンスがありそうであれば諦めません。多くの人はこうでないかと思います。チャンスがありそうなら、うまくいきそうなら諦めない。でも彼は違う気がします。チャンスがなさそうでも、うまくいかないかもしれなくても常に諦めない。1番大事な場面に顔を出せる人は、2番目に大事な場面も、3番目に大事な場面にも顔を出しているのではないかと思います。それが一番大事なシーンなのかは、終わるまでわからないのに。だから諦めの悪さというのは、都合の良い時だけ発揮するものではないのだと思っています。そう考えると、諦めの悪さとはかなり特別な才能、というか信念ではないかと思います。

同じく特別な信念を感じるのが荻原です。マウリシオの放り込んだボールが川崎の選手に当たって溢れた瞬間、いや溢れる前からゴール前に突っ込んでいた荻原。溢れたボールに、迷わず左足を強振したプレーは、同じくうまくいきそうかどうかの精神ではなく、来たチャンスに全てベットする、そしてチャンスが来ることを疑わず、チャンスを得ることを諦めない姿勢のように感じました。あのシーン、ボールが溢れてくることを疑っていたら?もし折り返していたら?たぶん彼はそんなことを考えていない。もしかしたら器用で合理的な考えややり方ではないかもしれないけれど、彼らの「諦めの悪い」信念と姿勢がもたらしたゴールなのではないかと感じたのでした。

 

そのほかの感想などなど。

大槻監督としては、コメントで強調した通り、練習でよかった選手を起用することを明確したかったという人選に感じました。柴戸や岩武、マルティノスのコンディションやパフォーマンスの良さとそれでもなかなか起用されない難しさは、チームの不和の要因の一つであったと思われます。できる準備は多くない中で、まず選手のコンディションと能力を正当に評価するというのはパフォーマンスとしても、マネジメントとしても正しい選択だったと思います。また、序盤に川崎を驚かせたWBが相手のサイドバックを見るようなプレスも良かったです。5バックによるスライド守備も、オリヴェイラ 体制では見られなくなっていたもので、中盤4枚が距離感狭く守ることと、プレスバックの精神と合わせて、三日間で大槻監督が持ち込んだものだと思います。一方で、解任ブースト込みですが、この辺の最低限の機能性を三日で植えつけられるということは、前任者からその辺の指導がなかったということが予想できてしまうのがつらいところ。前任者からしたら、指導されないとできないの?という感じかもしれませんが…。

選手個人では、デビュー戦となった岩武は持ち前の対人の強さを出してチームを勢い付け、非常に素晴らしい出来だったと思います。DAZN解説の水沼パパは「守備に追われた」と評していましたが、チャンピオンチーム相手に試合をしたのだからある程度は仕方ないです。デビュー戦としては上々、ただ、攻撃面で相手を抜き去ってクロスみたいなことを期待する選手ではないのかなという感じです。またもう一人、柴戸がこの試合で見せたパフォーマンスは将来を感じさせるものだったと考えています。守備だけでなくビルドアップにおいても必要な場面で最終ラインに降りたり、前線へフリーランをして動きをつけたりと、ピッチ上のオーガナイザーとしての才能の片鱗をしっかりと見せていました。川崎の守田と大学時代からのライバルということですが、試合経験を積めば柴戸もまた日本代表候補に名を連ねるだけのポテンシャルを有していると、昨年の加入以来ずっと期待しています。ただ、後半、終盤に入っていく時間帯では疲れたのかポジショニングが曖昧になっていたのは課題ですね。おそらくゲーム体力的にギリギリだったのだと思います。経験あるのみ。

一方、最序盤こそ浦和のプレスに面食らった感のある川崎でしたが、徐々にシステムの噛み合わせと浦和の中盤4枚の脇という狙い目を明確にして攻撃を構築していたのはさすがでした。最後に追いつかれたためにナーバスになりそうですが、川崎は、ぼくが見ている限りは論理的な崩しを実践する素晴らしいパフォーマンスだったように思います。

ただ、家長が左に流れる動きや、登里のハーフスペース侵入から長谷川の裏取りなど、いくつか効果的なんだけどやりすぎというか、1-0の88分にそこまでやることが求められるのだろうか?というくらい素直に攻め込んでいたのは、ゲームに勝つという観点からはどうなんだろうという感じがしました。浦和の形が変わらない限りはそれが効果的なことは間違いなく、登里のハーフスペース確保と家長の逆サイドに流れるフリーダムポジショニングによって、そして後半に入った森脇の守備でも前に出て行く姿勢と裏へのスピード不足も相まって、長谷川はかなりの回数左サイド大外からの仕掛けを繰り出していましたし、実際にほとんど攻略していました。実質的に左WGを任された長谷川が自分を起点に2点目を狙うのは至極真っ当な選択でしょう。ただ、それがチーム全体の選択肢となるかは別の話ではないかと思います。山村をコーナーに流れさせ、残りの10人は彼が必死にキープしているところを少し後ろで守備の準備をしながら観察しているくらいのことがあっても良い気がしました。まあ、コーナーでの鹿島りは一度やっていましたが。

それと、個人的には家長のサイド横断的ポジショニングがどういう意図とチーム内のコンセンサスによって発動されたのかが非常に気になりました。話は試合から逸れますが、川崎フロンターレといえばやはり中村憲剛なわけです。川崎に上手い選手がどれだけ台頭しても、中村憲剛の存在感と役割はひと味も二味も違うように感じます。ここまで見てきたように、川崎の選手たちは相手を観察しながら綻びを探し出し、相手がそれを手当てしようとすればその裏をかくといったスペース攻略をパス、ドリブルを自在に使って実行できます。ただ、川崎も無の状態から相手を観察しているわけでなく、自分たちのビルドアップの型を使いながら相手の反応を観察しています。これは2016年の浦和と似ているのですが、この型が、近年でいえば最終ラインに降りる守田、トップ下に入り込む大島、中盤にポジションを上げるSBといった風に確立、自動化されており、しかもそこから自在に出し手と受け手を変え、パスコースに応用を混ぜながら相手を攻略していくのが川崎のスタイルだと思います。

このプロトコルを支えるのが大島や守田で、二人とも特別な才能がある選手なんですが、彼らのプレーはまるで、高性能なAIというか、機械的というか。いわゆるポジショナル・プレー寄りだと思います。川崎フロンターレのパスサッカーのプロトコルの中で、彼らの役割と求められる動きは明確に定義されていて、経験や成長につれて役割や出来ることが広がることはあるのでしょうが、試合中はその枠の中をほとんど出ることはない印象です。

一方で憲剛には全く違う印象があります。彼ももちろん川崎のプロトコルの中で重要な役割を負っているのですが、彼が異質なのはプロトコルからはみ出たプレーをすることです。そして、はみ出たプレーによって膠着した盤面を一気にブレークしたり、相手を混乱に陥れ、試合を変えてしまう。このような基本手順と違うプレーをする、そしてそのプレーで状況を一変させてしまうという点で、憲剛こそいつまで経っても川崎にとって唯一無二の選手だと思っていたのですが、おそらく昨シーズンあたりからこの領域に家長が足を踏み入れている気がします。今年のゼロックスでは、憲剛と家長が状況に応じて最終ラインから最前線まで顔を出すことでチームを助けていました。ゼロックスでの彼らはいわゆるフリーマン的に動いていたのですが、自由きままというよりも、まるで、基本プロトコルが機能しない場面を追いかけて手動で修正しているシステムの管理者のようにも見えたのです。

このように考えた時に、試合途中から家長が左サイドに頻繁に顔を出すようになったのは、はたしてどのような意図と発動条件だったのか。浦和のブロックの間に大島を滑り込ませ、パスの出し入れで最終ラインにスペースを空け、そこに別の選手が飛び込むのが川崎のポジショナル的基本プロトコルだとすれば、家長が逆サイドまでやってくるのはプロトコル外の行動のはずです。しかし、これによって浦和の右サイドの守備は川崎と数的同数となり、結果として長谷川、大島、そして登里の連動を生み出すこととなったような気もしてしまう。川崎がポジショナル・プレー的に振る舞うことを目指しているのであれば、通常のポジショナル・プレー的論理とは違うプレーをすれば、カウンターなど相応のリスクを負うことになります。一方でその恩恵は、ポジショナル・プレー的基本プロトコルだけでは攻略できない壁に当たった時に、その柔軟性とアイデアを持って壁を破壊する修正機能とも取れる。よく言えばポジショナル・プレーと和式的コンビネーションサッカーの合体、悪く言えば和式コンビネーションから脱皮しきれない中途半端なポジショナル・プレー…。憲剛と家長だけが負っているようにみえるこの役割、彼らだけがこうしたプレーを許されているのか、彼らにしか思いつかないのか、それとも求められればほかの選手も実行可能なのか。このあたり、重要ですが外からはわからないことで、やっぱり一番気になるところです。川崎を普段からよく見ている人の意見を聞いてみたいんですが、どうなんでしょう。考えすぎなんですかね。

 

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