96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」がマジで面白かったことについて考えたこと

いやーレッズはなんだか微妙な感じですね。ACLでは先日のアウェイ上海戦に引き分けて悪くない感じですが、リーグでは松本山雅に逆転負けで5戦勝ちなしとなってしまい、ついに降格圏まで勝ち点差6と、背中がスースーしてきた気がします。心配性の人は思い出したくもない2011年の記憶が蘇りつつあるかもしれません。

最近は他のことに時間を使っていてあまりサッカー観戦に時間を使えていないこと(という言い訳)もあって分析記事を書いていませんが、個人的には大槻監督には毎試合に向けた戦術的な準備自体はあるように感じています。ただ策の仕込み方やその試合の戦術的なデザインの仕方(要はどう戦って勝ちたいか)というところが独特というか、何を考えているのかわかりにくい部分があるのと、その策がはまらなかった時の修正は?とか、その人選で合ってましたか?みたいな疑問が出てくるのは事実かなというのが正直な印象です(大槻監督自身、このへんに苦悩があるんじゃないかな、という予想はあるのですが、まあそれは別の機会に)。公式インタビューでも意図して戦術的なことは喋らないようにしているようですが、あまりにも何を考えているかわからないとフォロワーも困惑するのは当然かなという感じでしょうか。まして結果が出なければ…。

なかなかわかりやすいコンセプトやキーワードが大槻監督から示されないこともあって信じるべき方向性を掴めないことに加えて、結果もついてこないとなるとなんだか大槻監督の評価も怪しくなってきた感じもありますが、まあ批判の多くは現場よりもいわゆるフロントへの不満という形で表出している感じでしょうか。要は「クラブの戦略が見えねーんだよ!」みたいな。とはいえ、戦略とは何か?と聞かれるとなかなか答えに窮するもの。育成型クラブとか、楽天マネーとか(?)、「レッズスタイルとは勝つサッカーである」とか(????)、キーワードは出てきても、良い戦略と悪い戦略の違いは?とか、じゃあどうすればいいの?とか言われても、実はうーんとなってしまいます。ということで、自分の本業でも経営戦略なんかを考える機会があったこともあり、ずっと気になっていたこの本を三日間ぶっ通しで読んでいました。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
 

 結論からいうと神書でした。ボリュームがあり、おおよそ3,000円と安くない(kindleだと割引されている上に脚注など飛びやすいのでおススメ)のですが、間違いなくそれだけの価値があります。著者の楠木先生は一橋大学MBAで国際企業経営戦略を専門にされている教授ですが、これだけの質と量を勉強できるのであれば飲み会を一回パスするくらいの価値を疑う余地もありません。2011年に書かれた本で(当時も相当な反響だったようです)出版から時間が経ちつつある感もありますが、具体例として語られている企業は今もなお我々に馴染みのある企業が多く、まだまだ賞味期限は切れていません。それどころか、指摘されているポイントが競争戦略というものを考える上での本質をついているからか、書かれている内容が非常にみずみずしい。僕のように2011年当時は競争戦略というものに馴染みのなかった平成一桁世代にとっては、聞き馴染みのある企業を具体例に良い戦略とは何か?を学べるため、今すぐ読む価値のある良本だと思います。

というわけで、自分の復習の意味も込めて感想をシェアするとともに本書をご紹介したいと思います。

 

良い戦略にはストーリーがあり、なにより面白い!

最初に説明されるのは、「良い戦略にはストーリーがあり、それは面白いものなんだ」というメッセージです。これがまず素晴らしい。

ストーリー(narrative story)という視点から競争戦略と競争優位、その背後にある論理と思考様式、そうしたことごとの本質をじっくりお話してみようというのが、この本に込めた私の意図です。この本のメッセージを一言で言えば、優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーだ、ということです。

当ブログをお読み頂いている皆様はよくご存知かと思いますが、僕はサッカーの試合を記事にするときには、自分たち(主に浦和レッズ)と相手の考え方、狙い、それに対する反応や勝負を分けたポイントがなぜ重要になったのか、というところに力点を置いて観察しているつもりです。だから偽サイドバックがどうとかパラレラがどうという話よりも、浦和はこうしようとしていた、相手はこうしようとしていた、それで勝負どころはどこで、どうなったという話を多くします。理由は、それが単純に面白いからです。そういう意味では僕は戦術分析をする人ではなくて、試合を考察する人と言った方が正しい気がしています。自分たちがあって、環境があって、相手があって、それでどうなった?このゲームを浦和はどう料理した?という「因果関係」や「ストーリー」の部分をなるべく論理的に解釈するのが好きなんです。その意味で、楠木先生が本書のオープニングで「良い戦略には最高に面白いストーリーがある!」と言い切られたのにはある種の興奮を覚えました。この時はまだ「戦略とはストーリーだ」の本質には触れられていないのですが、ストーリーが大事なんだという漠然とした肌感覚がある僕には、それを軸に戦略と言うものを語ってくれる人がいるということがまず嬉しかったのだと思います。一人で画面に「ですよね!!!!』と叫ぶ感じです。

 

戦略とは何か:静止画と動画

僕も社内で「そういう」会議に出ているので非常に共感するのですが、戦略策定会議とか言って「あれをやります、これをやります、これもできます、これも考えられます」という話を延々とする、そしてA3にまとめられたアクションプランが出来て、担当者が決まって…という感じのアレを、楠木先生は「それは戦略じゃないね」と喝破されます。ひたすら分析にのめり込むこと、to doを決めること、目標を決めること、あとは「気合いでみんな頑張ろう!」となること、そういう「戦略っぽいもの」は静止画なんだそうです。要は、一つ一つの打ち手が切り離されていて、繋がりがない。

「違いをつくって、つなげる」、一言で言うとこれが戦略の本質です。

楠木先生の仰るのは、良い戦略とは、それを支える構成要素(各種の打ち手とか、強みとか、「違い」)の間に明確な因果関係(本当は、因果関係だけではないのですが)があるということ、それらが「つながる」ことでストーリーとしての戦略が姿を現すのだ、ということです。

個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりません。それらがつながり、組み合わさり、相互に作用する中で長期利益が実現されます。

この「つながり、組み合わさり、相互に作用する」の部分こそ、静止画に対する動画を考える上での肝となります。ベストプラクティスをそのまま移植するだとか、アウトソーシングとか、クラウド化とか、そういうことではなくて、我々の違いは何か?強みは何か?打ち手は何か?というのが相互につながりあって、動画のように連綿と(さらにいえば時間的なつながりを持って)、強力なストーリーを描くのが良い戦略なのだ、というのが、(非常に雑駁ですが)本書で繰り返し繰り返し、繰り返し語られる「(ストーリーとしての)戦略」なのです。

 

なぜ長く、そして読みやすいか

上記で紹介した内容は、本書の前書きレベルに過ぎません。最初の一手で簡潔かつ明確に示される「戦略とは何か」という問いに対する答えは、それでいて読めば読むほどに奥深い。しかしその構成要素や考え方、本書の最後に示される骨法と呼ばれる神髄は、マブチモーター、サウスウェスト航空、アマゾン、スターバックスガリバーといった企業を具体例に様々な要素から非常に丁寧に説明されます。従って、前書きで楠木先生も認める通り、長いです。kindleでは全部で518ページと表示されます。だらだら読んでるとなかなか進みません。

しかし、だからといって読みにくいわけではないのが本書の素晴らしいところかなと思います。本書は一貫して論理的に明白な形で、そして重要な点は繰り返し、じっくりと議論を進めていきます。

前書きで示される通り、この長さもまた戦略を語る上で必要なことだというのが楠先生の主張の一つです。つまり、短い≒わかりやすいという原則に従うあまり、キラーフレーズやアクションを切り取ってしまえばそれは静止画となる。このような「エセ戦略」ではなく、良い戦略は明確な因果論理を十分に説明したものであるべきだ、というものです。

また、途中でStrategic PositioningがどうとかOperational Capabilityがどうとか、それっぽい言葉も出てくるのですが、なるべく平易な語り口で、そしてカジュアルな比喩を多用して戦略を語っていることも本書の大きな価値ではないかと思います。例えば、途中からは良い戦略とはどういった段階を踏むのかということをサッカーのシュートとパスに例えて示されます。(戦略論を語る本で「縦パス」とか出てくると興奮しませんか?)ということで僕みたいなサッカー好きにはとりわけイメージしやすかったのですが、まさに我々に語りかけるような、カジュアルな語り口で競争戦略論を語る本は多くないと思います。

ストーリーとしての競争戦略という視点は、そうしたパスがどのように組み合わさり、SSPのゴールに至るのか、というパスの「つながり」に注目します。

 

同じサッカーをするにしても、他社と違うパス回しの流れを確立すれば、競争優位を獲得できるというわけです。ここで競争優位の正体は、個別の構成要素よりも、パスのつながりのほうにあります。ですから、猛烈に足が速かったり、誰もまねができないようなドリブルの個人技を持つような「ファンタジスタ」揃いである必要はありません。一人ひとりの選手がスーパースターでなくても、ユニークなパス回しで勝負しようというのがストーリーの発想です。

 

このように、四つのパスは低コストというシュートに向けた「縦パス」となっています。

 

Howto本ではない、だがそれがいい

ひとつ、本書を手に取る上で気をつける必要があるなと思うことがあります。本書では、「優れた戦略とは何か?」とか、「優れた戦略は何が(どこが)すごいのか?」とか、「優れた戦略を解剖するとどんな法則があるのか?」みたいなことは、繰り返し繰り返し、本当にわかりやすく語られるのですが、「じゃあどうすれば(どんな方法論を使えば)あなたも優れた戦略が作れるのか?」ということはあまり語られません。また、「ブルーオーシャン戦略」のような意味での「ストーリー戦略」というフレームやパッケージも語られません。要は、戦略策定スキルの身に着け方や新しいコンセプトの戦略を知る本ではないのかなという感じです。もちろん、数多の戦略(良い戦略も、悪い戦略も)を分析されてきた楠木先生の考える、優れた戦略を考える上でのヒントは本書終盤でしっかり示されています。これらのヒントは非常に本質的で、僕にとっては腑に落ちるものでした。ただやはり、「優れた戦略を、あなたもこの3ステップで作れます!」みたいなことを期待して読むとがっかりしてしまう本かもしれません。そういうのを期待していると、まえがきや導入で500ページ使ってそのまま終わる本、という印象になってしまうかもなあという感じがします。

でも、それが最高なんです。how toとか、誰にでもできる!とか、そういうのではなくて、本質的に、そしてわかりやすく戦略を語る。短くて過剰にシンプルで、綺麗にパッケージングされて大量生産されるようなテクニックを語る本ではないこと、それこそが本書の価値ではないかと思います。(そもそも、本書中でも「優れた戦略」づくりが簡単なわけがない、という趣旨の指摘がたびたび出てきます。)思えば本書は(ご本人にとっては当たり前なのでしょうが)それ自体、楠木先生が文中で語る「優れた戦略」の骨法に則って語られているようにも感じます。オリジナルで密度の高いコンセプトに基づいて、一見不合理とも感じられるこだわりを以って、文脈とシンセシスを最大限意識しながら、繰り返し繰り返し読者に刷り込んでいく。文芸的とも感じるほどに定性的で、しかし極めて明快な論理で語られる「戦略論」は腹落ち度・納得感が極めて高く、この語り口と説明の手法こそが本書が素晴らしい評価を集め「続ける」優れた戦略なのではないかと思いました。

 

影響を受けて

ということで、がっつり楠木先生のファンになりました。これからは他の著書をゴリゴリ読んでいこうと思います。普段から論理的思考とか因果関係とか、「どうすれば物事はうまくいくか」を考えたりするのが好きな人、もしくは「戦略と戦術って何が違うの?だいたい小難しい話はいつもよくわからんから時間をかけてでも教えてほしい」とか、そういう人には特にお薦めです。本書はビジネスを舞台にした競争戦略を一貫してターゲットにして論を進めて行くのですが、人材戦略とか、IT戦略とかいろいろな分野に戦略という言葉が使われる通り、本書による学びの応用の幅は非常に広いのではないかと思います。例えば、僕がこのブログを運営するにあたっても「ブログ運営戦略」みたいなものを考えることもできるでしょうし、もっと身近に引き寄せていけばセルフブランディングやキャリア、転職について考えるにも本書の戦略論が参考になる部分は大きいと思います。前述の通りさくっと読める本ではないのですが、身の回りのいろんな物事の考え方に繋がって行くヒントに溢れているので、そういう視点で本書と向き合っても引き込まれるものがあるのではないかと思います。

僕にとっては一度読んで終わりにするには本当にもったいないほどハマった本になりました。今回紹介したのは本当に前書きレベルなので、また時間を見つけて本書をヒントに考えたことなんかを書くつもりです。アマゾンのレビューが異様な高評価なのも納得の良書でした。

ではでは、長文にお付き合い頂きありがとうございました。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
 

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