「ストーミング」、説明できますか?
現代におけるサッカー/フットボールは基本的に欧州が最高峰であり欧州の舞台で進化しているので、日本のサッカー界は基本的にそれにどれだけキャッチアップできるかをいつも意識しているように感じます。この構造はいろいろな観点から分析したり論じたりできるので、例えば思考様式として体系的かどうかであるとか、論説の基本のキともいえる「自然」に対峙する姿勢の違いとか、単純に歴史(の長さ、深さ、多様さ)的にどうとか、いろんな意見があって話題にするには良い題材です。個人的には、サッカーに限らず欧米先行構造は日本人にとって最も居心地が良く得意な状態なのではないかと思うのですが、それはまあ別の話(いきなりの脱線)。で、様々な点において欧州にキャッチアップしようという機運の中で、とりわけ日本のサッカーファン好みなのは、欧州の最新戦術だとか、最新の考え方、アプローチの輸入ではないかと思います。
近年新しいサッカー用語、戦術用語が輸入される中で、今回テーマにしたいのが「ストーミング」です。どれだけの方がこの言葉に馴染みがあるかわかりませんが、だいたい下記のような感じで使われます。
すみません、めんどくさいんですけど、ストーミングってなに?フィルミーノロールってなに?から話を始めたいです。 #Peing #質問箱 https://t.co/e3yOR5dPkn
— 96 (@urawareds96) 2020年1月14日
要は「ストーミング」とは、サッカーにおけるスタイルか戦術か何か、何等か意図的に実行しうるものであるようです。この言葉、後述するように語られ始めて1年半程度の言葉なのですが、僕はずっと違和感を抱えていました。納得がいっていませんでした。何を定義している言葉なのか、よくわからなかったからです。多くの人が「ストーミング」についていろいろと語ったり、自分なりの定義を説明したりしてるんですが、「何かはよくわからないけど、何か重要そうだから使われている言葉」のように感じられていました。で、それってすごく馬鹿らしくないか?と。言葉を使うことそのものが言葉を使う便益を追い抜いてしまっている状態のように感じていました。ややこしい言い方ですね、簡単に言うと「お前ら「ストーミング」言いたいだけちゃうんか?」と思ってました。
そういうわけで、今まではなるべく使わないように避けてきた言葉がこの「ストーミング」でした。ちなみに「ポジショナルプレー」も同じような感覚があるんですが、こっちはまだ欧州での用例やある程度統一的な定義があるように思えるので、自分では使いにくいなあ…ってくらいの感覚です。ちなまずに本題を進めると、このたび、僕が個人的に避ければよいと思っていた「ストーミング」と、ついに対峙することに決めました。理由は、上記の質問のように、大槻監督が2020シーズンに表現すると思われるサッカー、そしてその上流にある土田談話における『三つのコンセプト』の一部が、この「ストーミング」と結び付けられ始めているから、という感じでどうでしょうか。理由なんてどうでもいんですけど。
「ストーミング」とはなんなんじゃ①:そもそも誰が使っているのか
で、本題。「ストーミング」について、調べていきましょう。まず最初に、僕が現時点で持っている「ストーミング」への疑いを仮説として並べてみます。調べていくうちに以下の疑問/仮説がクリアになれば、それが答えになるはずです。
「ストーミング」への疑問
- そもそも誰も使っていないのではないか?
- ていうかただの形容詞(stormの現在分詞)で、名詞になってすらいないのではないか?
- 戦術用語として根幹となる統一的な定義がまともにないのではないか?
まずは疑問/仮説の1から見ていきましょう。現時点でネットで、無料で集められる記事で「ストーミング」とやらに言及しているものを探してみました。
んーボリスタばっか!ということでボリスタさんはかなりがんばってこの「ストーミング」を解説してくれているようです。ちなみに2個めのNoteの記事は途中から有料なので、無料部分だけが調査対象です。有料部分は読んでません。有料部分に答えがあったらこのエントリまるつぶれですけど、まあいいか。で、上の記事リンクは一応時系列に並べたつもりなんですが、一番上のボリスタの記事は2018年9月18日の日付けになってます。というわけで、一年以上前から使われ始めた言葉ということがわかりました。ここではリンクを貼っていませんが「ストーミング」で検索すると個人ブログの解説記事とかYoutubeの解説動画とかも出てくるので、それなりに市民権を得ている言葉なんですね。
ただ問題は、英文の記事がほとんど一切見つけられなかったことです。僕の調べ方が悪いのかもしれませんが、GoogleでもTwitterでも、"storming"という言葉がサッカーの戦術用語として名詞的に使われている記事には出会えませんでした。試しに検索したら以下のような感じです。
ほとんどと表現したのは、後述するサイモン・クーパーによる記事だけはなんとかひっかかったからですが、この結果が正しいとすると、英語圏ではほとんど一切戦術用語として使われていない"storming"という単語が、戦術用語「ストーミング」として輸入され、ボリスタによって解説されまくっている…ということになります。といってもまだ調べ始めたばかり。もうちょっと深堀しましょう。
*このエントリ以前の日付の英語の文献や記事で"Storming"が戦術用語として使われたり解説された記事をご存知の方は是非教えてください, so that this entry may be "stormed".
「ストーミング」とはなんなんじゃ②:ていうかただの形容詞(stormの現在分詞)では?
二つ目の疑問は、日本語の「ストーミング」は盛んに議論されているのに、英語の"storming"の戦術用語としての用例が極端に少ないようだとなれば、実は日本人が勝手に戦術用語にしただけで"storming"ってただの形容詞として使われただけなんじゃねえの?というものです。というわけで、ボリスタさんの記事を見ていくと、初出はサイモン・クーパーによる記事であることがわかります。
世界のフットボール論壇におけるオピニオンリーダーの1人、サイモン・クーパーは、『ESPN』に寄せた記事でリバプールの戦術を評して、「攻撃的プレッシングはさらに加速され、『ストーミング』とでも呼ぶべきものに進化した」と述べ、この「ストーミング」こそが戦術の新しい時代を開いたのだと断言している。
というわけで、その記事を探してみましょう。そこで"storming"という単語が名詞的に使われていなければ僕の疑問/仮説は正しいことになります。
…消えてる。そんな。原典がすでに失われているなんて!というわけで、今は便利なネット時代。僕がツイートするとジーノくんがすぐに関連資料を探してくれます。
Liverpool lead new tactical era of 'storming' while the likes of Mourinho are left behind
— ジーノちゃん🏂 (@Gino_in_Red) 2020年1月15日
ちなアーカイブサイト経由で見れる https://t.co/OnqaHWkvAs
どうですかね、見れますかね。この記事を読んでいくと、たしかにサイモン・クーパーは"storming"という単語を名詞的に、独立した用語として使っていることがわかります。
The game is moving into a new tactical era: Attacking pressing is becoming so rapid that it should probably be called "storming."
文章の導入部分や、
Liverpool are only the most obvious practitioners of storming.
リバプールが唯一にして明白な"Storming"の体現者であることへの言及、
"Gegenpressing is the best playmaker in the world," Jurgen Klopp likes to say. When it works, a storming team can rack up the goals.
"storming team"という使われ方もありますね
However, in each case, the big club spent long periods storming the small club's goal, instead of the old method of sitting back after taking a comfortable lead:
この"storming"は固有名詞というより現在分詞ですね
At the 1986 World Cup, the Soviet Union pioneered an early form of storming in a 6-0 demolition of Hungary.
1986年のソ連代表がその走りとのこと。
などなど。詳しい内容は後でみていきますが、提唱者のサイモン・クーパー自身は"storming"を独立した用語として使っています。なので、僕の疑問/仮説②は少なくともサイモン・クーパーの文章をなぞる限りでは間違いで、"storming"という用語はサイモン・クーパーの言うところでは独立した定義のある用語であると言えそうです。
「ストーミング」とはなんなんじゃ③:戦術用語として根幹となる統一的な定義がまともにないのではないか?
それでは最後の疑問/仮説、独立した用語としてサイモン・クーパーが言い始めたのはわかったのですが、その定義は一体どのようなものなのでしょうか。まともな定義はあるのでしょうか。そして、主にボリスタ界隈が語(ろうとす)る、「ストーミング」の定義はサイモン・クーパーのそれと同じものなのでしょうか。
ところで、みなさん英文の元記事を全部読むのも大変だと思うので、このへんで翻訳記事を貼っておきます。さすがプロの仕事で、全体的にとても読みやすい日本語になっているのでこれだけ読めば良いと思いますが、一応元記事の英文と対照させていきたいと思います。
それにしてもスポルティーバの記事は広告が多すぎるし、記事をバキバキに分割してクリッククリッククリッククリックになるのが微妙ですね。売上のためには仕方ないのかもしれませんが、もうちょっと読みやすくしてほしい…でも、全訳記事を無料で残しておいてくれるのは非常に良心的なので、これくらいはトレードオフなんですかね。
というわけで、英文と訳文から提唱者であるサイモン・クーパーの言うところの"storming"の意味について探っていきましょう。
Liverpool are only the most obvious practitioners of storming. Gegenpressing -- as the Germans call the style -- means chasing up the opposition's defence the moment you lose possession, in order to win the ball near their goal.
"Gegenpressing is the best playmaker in the world," Jurgen Klopp likes to say. When it works, a storming team can rack up the goals.
ストーミングを明らかに実践しているのは、リバプールだけではない。ボールを失った瞬間から相手ディフェンスにプレスをかけ、敵のゴールに近い位置でボールを奪取しようとする「ゲーゲンプレッシング」(ドイツ人はこう呼ぶ)は、広がる一方だ。
「ゲーゲンプレッシングほど、効果的に試合を左右する戦術はない」と、リバプールのドイツ人監督ユルゲン・クロップはよく言う。ストーミングがしっかり機能すれば、大量得点につながる可能性がある。
いきなりなんですが、最初の文の訳し方が真逆です。原文はLiverpool are only the most...となっているのに、訳文は「ストーミングを明らかに実践しているのは、リバプールだけではない。」とズバっと真逆に訳してます。でも全体の大意をとると、これは訳文のほうが正しいのではないかという気もします。notの入れ忘れ?そんなことある?ま、些細な部分なのでどうでもよいのですが。
※2020年1月20日追記
記事公開後、翻訳家の近藤隆文さん@takafumikondoさんにこの部分の翻訳についてご指摘を頂きました。曰く、
「スポルティーバの森田浩之氏の訳文に関してですが、"Liverpool are only the most obvious practitioners of storming."は、逐語的に訳すと「リヴァプールはストーミングをどこよりも明らかに実践しているチームにすぎない」、つまり、明らかに実践しているチームはほかにもある、ということだと思われます。森田氏は「真逆に訳し」たわけではないのではないでしょうか?」
とのこと。言われてみれば確かに…とすぐに納得しました。自分では英語はまあまあ出来る方と思ってましたが、素人がプロの翻訳に安易に口出しするもんじゃないですね。プロはこういうところを踏まえて読みやすい日本語を作ってるわけですね。翻訳記事を書かれた森田浩之さん、すみませんでした。教えて頂いた近藤隆文さん、ありがとうございました。しょうもない間違いをプロが正してくれるインターネットは凄いです。勉強になりました。
それで、いきなり重要なのが、"storming"の話を深堀りする前に"Gegenpressing"が出てきます。話のスタートでいきなり"storming"が"Gegenpressing"の話で上書きされて、"Gegenpressing"強い、という話になっちゃってます。
The three results from this season's round of 16 can be explained in part by the financial divide in modern football: a big club thrashed a smaller one. However, in each case, the big club spent long periods storming the small club's goal, instead of the old method of sitting back after taking a comfortable lead:
2017~18シーズンのラウンド16の3試合の結果は、現代サッカーの財政格差からも説明できなくはない。ひとことで言えば、ビッグクラブが小さなクラブを粉砕したということだ。しかし、どの試合でも、ビッグクラブのほうが小さなクラブに対してストーミングを長時間にわたり仕掛けていた。勝敗が決したように見えても、後方からゆっくりつなぐような試合はしなかった。
「ラウンド16の3試合」は、おそらく以下の試合のことでしょう。
バーゼル 0-4 マンチェスター・シティ(第1戦)
ポルト 0-5 リバプール(第1戦)
バイエルン 5-0 ベシクタシュ(第1戦)
ここで、サイモン・クーパーは"storming"を定義するための布石を打っているわけですね。要はいくらプレッシングを標ぼうしていても勝利が確信できる点差になったら試合を終わらせるような従来の強豪というのはこれから話したいことではないわけですね。
But modern players are fit enough to storm often and at unprecedented pace. High-intensity running has increased by 50 percent in the Premier League over the past decade, according to a study led by the University of Gothenburg last year which read, in part:
だが今の選手たちは、以前では考えられなかった頻度とペースでストーミングを行なうだけのフィットネスを身につけている。イエーテボリ大学(スウェーデン)の研究チームが昨年発表した報告によれば、プレミアリーグではゲーム中の「高集中ランニング」が過去10年で50%増えた。
この直前は最近3点以上入ったゲームが増加している話や、従来より早くボールを奪ってからシュートに至っているなどのデータが示されています。加えて、ただしプレッシング戦術自体は新しいものではないことと、1968年のソ連代表がその先駆けとして激しいプレッシングの後に意図的に、そして定期的にゆっくりとプレーすることでハンガリーに大勝した試合を記しています。これを受けて、現代では選手のアスリート能力の向上が見られる、という話ですね。
In storming teams, wing-backs and full-backs pelt forward into attack. Some teams compensate by fielding three central defenders. The midfield's job is to win the ball high up and immediately feed the forwards.
That is why Liverpool's James Milner, a ball winner rather than a creator, leads the Champions League in assists this season; think of the loose ball he won in the 3-0 drubbing of Manchester City to set up Alex Oxlade-Chamberlain's long-range strike.
ストーミングを行なうチームでは、ウィングバックが積極的に攻撃に参加する。このとき、センターバックを3人置いてカバーするチームもある。
ストーミングでのMFの仕事は、高い位置でボールを奪い、FWに供給することだ。今季のCLでリバプールのジェームズ・ミルナーが最多アシストを記録している理由はここにある。ミルナーはボールを奪うのはうまいが、ゲームを組み立てるタイプではない。リバプールが3-0で勝ったマンチェスター・シティとの準々決勝第1戦。彼がルーズボールを奪って送ったパスから、アレックス・オックスレイド=チェンバレンが決めたミドルシュートを思い出すといい。
すこしシステム的な話が入ってきました。WB/SBは高い位置まで上がり、中盤の選手にはボール奪取やセカンドボールを奪うことが求められているようです。
Storming teams also have a stunningly attacking mindset. Even after they have scored a couple, they try to keep storming. Brazil vs. Germany in 2014 was the original case-study, but Liverpool did the same against Roma. You might say this is a risky strategy and, indeed, Liverpool got tired and conceded two late goals.
前線から素早くプレスを仕掛ける「ストーミング」戦術を取り入れたチームは、実に攻撃志向だ。2~3点取っていても、まだストーミングをやろうとする。2014年ワールドカップ準決勝のドイツ対ブラジル戦はその完璧な例だったが、今季のリバプールもチャンピオンズリーグ(CL)準決勝第2戦で、ローマを相手に同じことをやった。
リスクのある戦術だと思う人もいるだろう。実際、リバプールは終盤に疲れが出て、2点を失った。
序盤の話とつながってきます。彼の定義では、"storming"はプレッシングをずっとかけ続けるチームなのですね。
Storming teams are often undermanned in defense and can be overrun by others playing similarly.
ストーミングをかけるチームは守備がおろそかになることが多く、同じくストーミングをかけてくる相手にやられることもある。
ふむふむ。
Liverpool have also had doses of their own medicine: Recall that in the league this season they lost 5-0 at Man City and conceded three times at home to the same opponents, while scoring four themselves. Defensive teams are rarely so vulnerable.
リバプールも、ときに同じような失敗をしている。たとえば今シーズンのプレミアリーグでは、マンチェスター・シティにアウェーで0-5と大敗し、ホームの試合でも3得点を許したが、なんとか4点を取って勝った。ディフェンシブなチームなら、このような試合はめったにやらない。
"storming"と「攻撃的な姿勢」を結び付けたいわけですね。
The teams that have embraced storming most enthusiastically are those which, on paper, look just short of top-class; think of Roma, Napoli and even Liverpool. Leaving aside Mohamed Salah, none of their players would get into a World XI and Klopp's team can't win the Champions League by building patiently from the back, so they major on fitness -- perhaps no other club trains harder -- on pace and on their complex pressing tactics.
By contrast, the most skilful teams build more slowly. Barcelona are the extreme example, but Real Madrid also spends more time on forming attacks than speed-merchants Atletico, while Bayern in possession advance the ball the fewest metres per second of any team in the Bundesliga, according to Opta Sports analytics.
ストーミングを最も重視にしているのは、「超トップクラス」と呼ぶには何かが少しだけ足りないチームだ。たとえばローマやナポリであり、リバプールもそうだろう。
リバプールにはモハメド・サラーを除けば、「世界のベストイレブン」に入りそうな選手はいない。後方からビルドアップしていてはCLを勝ち取ることはできない。そこでリバプールは、フィットネスを向上させ(おそらくリバプールほど激しい練習をしているチームはない)、攻撃のペースを速めることに力を入れた。
一方、世界でも指折りのテクニックを持つチームは、もっとゆっくりとビルドアップできる。バルセロナが最高の例だが、レアル・マドリードもアトレティコ・マドリードよりは攻撃に時間をかけている。スポーツデータ分析サービスのoptaによると、ボールを持ったときのバイエルンは、1秒間に前に進む距離がブンデスリーガで最も短い。
これは"storming"の重要な定義と言えそうです。トップクラスの選手がおらず、ビルドアップをゆっくりできないから、"storming"に走るのだと。"By contrast"で明確に対比しているように、ビルドアップと"storming"を対比しているのがわかります。オフェンスの手段としての比較といえば整理になるでしょうか。
Still, Bayern and Real also use elements of storming football.
しかし、バイエルンやレアルもストーミングの要素は使っている。
なんかアリバイチックですが、"elements of storming football"とかいう言葉が出てきました。一番最初の段落で"storming"が安易に"Gegenpressing"に置き換わっていたことを考えると、そしてバイエルンがブンデスリーガの盟主であることを考えても、これは"elements of storming football"と表現するよりも単純に"Gegenpressing"か、戦術的な名前をつけるまでもない現象のような気もします。原文ではCL準決勝の第1戦、バイエルンvsレアルの試合を例に出しており、キミッヒとマルセロがSBでありながら得点していることが触れられているので、実際に観てみましょう。
Bayern Munich vs Real Madrid | 1-2 | UCL semifinal 1st leg HD highlights
…思てたんと違う。一点目のキミッヒのゴールはカウンターっぽいのでイメージに合わなくもないのですが、マルセロのゴールはどうでしょう。僕はもう少し手倉森監督時代の仙台のごとく右SBのアーリークロスに左SBが飛び込んでゴールみたいなものを想像していたんですが、そんなわけでもないんですね。これはつまり、文中でサイモン・クーパーはWBやSBを高い位置に置いておくことに触れていたのは、まさに文字通りの意味であって、僕が想像していたようなハイプレッシングからカウンターで逆サイドのSBがゴール前に突っ込んで…という断片的で具体的な現象を言っているわけではなかったということかもしれません。うーん、迷走する"storming"解釈。
One oddity of storming is that it tends to work best against the most skilful teams. It's hard against defensive sides that keep 10 men back, which explains how Liverpool could lose 2-1 at home to Wolves in last season's FA Cup. It's also hard to storm a long-ball team, because they will just go long by way of bypassing.
But teams that try to pass the ball out from defense are vulnerable, which might explain Barcelona's three big defeats in 14 months to PSG, Juve and Roma. Moreover, skilful teams often have defenders, who are chosen more for their offensive qualities -- think David Luiz or John Stones -- and these players can struggle in a storm.
ストーミングの興味深い点は、技術の高いチームに対して大きな効果を発揮する傾向があるところだ。
ディフェンシブなチームに対してストーミングを仕掛けるのはむずかしい。10人のフィールドプレーヤーが、みんな後方に引いているからだ。昨シーズンのFAカップ4回戦で、リバプールがチャンピオンシップ(2部に相当)に所属するウォルバーハンプトンに1-2で敗れた理由の一端は、ここにあるかもしれない。
ロングボールを多用するチームに仕掛けるのも難しい。相手はボールを大きく蹴り出すから、ストーミングをかけようとする選手を越えてしまう。
しかし、DFからパスをつなぐチームはストーミングに弱い。バルセロナが1年強の間に、パリ・サンジェルマン、ユベントス、ローマに敗れたのは、その点から説明がつきそうだ。
技術のあるチームのDFは、守備力より攻撃力を買われて起用されることが少なくない。たとえば、ダビド・ルイス(チェルシー)やジョン・ストーン(マンチェスター・シテイ)だ。これらの選手はストーミングに苦しむことが多い。
もはや緻密な定義を探して読んでいるのが馬鹿らしくなってきました。ガバガバな話に感じるのは僕だけでしょうか。というか、サイモン・クーパー自身がそんなに緻密な用語として"storming"を使っていないのは明らかではないでしょうか。PSGもユーベもローマも"storming"だそうですが、各チームのファンの皆さんはこれに納得するのか知りたいところです。僕が無知なだけでこの辺は共通認識なんでしょうか?
Whenever a new trend emerges, established tacticians have to decide whether to go along with it. Pep Guardiola has embraced storming at Manchester City. He comes from a tradition of pressing, albeit of a less frantic variety: his Barcelona teams aimed to win back the ball within five seconds of losing it, even if in possession they would build quite leisurely. Later at Bayern, he imbibed some of the German tradition of pace and overlaps.
フットボールに新しい戦術が登場すると、有能な戦術家たちはそれを採用するかどうか決断を迫られる。マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督は、ストーミングをけっこう気に入っている。
それはグアルディオラが、プレスの伝統のなかでキャリアを築いてきたためかもしれない。彼が所属したバルセロナはボールを失ったら5秒以内に取り返すことを目指していた。ただし、ボールを保持しているときは、のんびりとパスを回した。後にバイエルンの監督を務めたとき、グアルディオラはドイツの速いペースとオーバーラップの伝統を吸収した。
ここも結構重要ですね。「ポジショナルプレー」の体現者、ペップ・グアルディオラも"storming"を受け入れているとのこと。それはバルサの有名な5秒ルールに加えて、ドイツのpace(英単語としては、単なる「ペース」よりも速さ、激しさの印象が強い言葉です)とオーバーラップを学んだ結果だとのことです。
But Jose Mourinho seems to have been left behind by the storming trend. For most of his career, except at Real Madrid where his team set a Liga record for goals in 2011-12, he has usually aimed to win games 1-0. The defensive approach sounds safe but can be high-risk: If you don't send many players forward, you may not score and the opposition can nick a goal from a rare attack; remember Manchester United's recent 1-0 home defeat to West Brom.
彼とは逆に、今はマンチェスター・ユナイテッドを率いるジョゼ・モウリーニョは、ストーミングのトレンドから取り残されているようにみえる。キャリアの大半を通して、モウリーニョはたいてい1-0で勝つことを目指してきた(例外はレアル・マドリードを率いていた2011~12シーズンで、この年にはシーズン得点数のリーグ記録をつくった)。
守備的な戦術は安全に思えるが、逆にリスクが高いこともある。前線に多くの選手を送らなければ得点は生まれないだろうし、相手チームの数少ない攻撃でゴールを奪われる可能性もある(4月にマンチェスター・ユナイテッドがホームにウェスト・ブロムウィッチを迎えた試合を0-1で落としたのは、いい例だ)。
そして、まるでそういう決まり事かのように対比されディスられるモウリーニョ。
Mourinho, by asking his defensive players to sit back in a wall, isn't using the physical capacities of the modern player to the full. As of January, United had run fewer yards than any other team in the Premier League.
But he shouldn't feel too bad about getting left behind; that's the ultimate fate of most innovators. It happened to Arsene Wenger a decade ago and, one day, it will happen to Klopp too.
守備の選手を引かせる理由を聞かれて、モウリーニョは現代の選手は体力を極限まで使うものではないと答えている。1月の時点で、ユナイテッドの選手が1試合当たりに走った距離はプレミアリーグで最も少なかった。
だが、モウリーニョは今のトレンドに取り残されていることを、それほど気にしていないはずだ。究極の改革者には、そんな時期が必ずと言っていいほど訪れる。10年ほど前にはアーセン・ベンゲルが同じ経験をした。
今はストーミング戦術の第一人者のようにみえるリバプールのユルゲン・クロップ監督も、やがて同じことになるかもしれない。
このモウリーニョの回答は面白いですね。逆に言えば対比されている"storming"なチームは、序盤にフィジカル面の向上の話が出ていたように体力をめちゃくちゃ消耗すると定義づけられているということでしょう。最後はモウリーニョの逆襲もあるかもよ?!的なバランスのとり方でLet's see感を出して終わり。これが原文の主要な"storming"に関する部分です。
さて、上記をまとめて、サイモン・クーパーの言うところの"storming"を整理してみましょう。
"storming" is ...
- ドイツ人は"Gegenpressing"と呼ぶ、ボールを失った瞬間から相手ディフェンスにプレスをかけ、敵のゴールに近い位置でボールを奪取しようとする戦術的要素がある。ドイツの速いペースとオーバーラップの伝統が要素として感じられる
- 以前では考えられなかった頻度とペースでストーミングを行なうだけのフィットネスを身につけている現代の選手たちのアスリート能力が基礎となる
ストーミングを行なうチームでは、WB/SBが積極的に攻撃に参加する。このとき、センターバックを3人置いてカバーするチームもある。ストーミングでのMFの仕事は、高い位置でボールを奪い、FWに供給すること
- 前線から素早くプレスを仕掛ける「ストーミング」戦術を取り入れたチームは、非常に攻撃志向が強い。2~3点取っていても、まだストーミングをやろうとする。たとえ勝敗が決したように見えても、後方からゆっくりつなぐような試合はしない、ずっとプレッシングする
- ストーミングをかけるチームは守備がおろそかになることが多く、同じくストーミングをかけてくる相手にやられることもある
- ストーミングを最も重視にしているのは、「超トップクラス」と呼ぶには何かが少しだけ足りないチーム。たとえばローマやナポリであり、リバプールも
こんな感じでしょうか。一言で分かりやすく言えば、「一緒にウイイレやったときに守備では×ボタンと□ボタン押しっぱなしでとりあえず突撃してくる友達のアレ」ですかね!彼らはクロップよりも早く"storming"を体現していたのです。
結論:「ストーミング」とは…
さて、ここまで意図的に"storming"と「ストーミング」を区別し、サイモン・クーパーの言うところの"storming"と主にボリスタ界隈が語るところの「ストーミング」を対比的に理解しようと思っていたのですが、もう長くなってきたのでやめることにします。最初に設定した僕の疑問/仮説について、ここで振り返ってみましょう。
「ストーミング」への疑問
- そもそも誰も使っていないのではないか?
→英語圏ではほとんど用例を見つけられなかったが、日本ではボリスタ界隈でたくさん使われ、解説されている。- ていうかただの形容詞(stormの現在分詞)で、名詞になってすらいないのではないか?
→サイモン・クーパーは名詞として使っている。日本のボリスタ界隈はそれに準じて独立した用語として使っている。- 戦術用語として根幹となる統一的な定義がまともにないのではないか?
→サイモン・クーパーが言うところの"storming"にはざっくりとした説明が付されているが、戦術的に緻密なものではなく、トップクラスの選手を備えたメガクラブのポゼッションに対立する形でより早く、より無茶に進化しているプレッシングスタイルを形容した言葉くらいのものではないか。(ちなみに、「ストーミング」についてはボリスタの各記事でいろいろと説明がなされているものの、筆者独自の解釈である場合が多く、だいたい同じようなことを言っている気がするものの統一的とまでは言えない。)
ということで、僕がここまで整理してみた結果、「ストーミング」の定義として理解したものをまとめます。
ストーミングとは、従来のプレッシングに加えてゲーゲンプレッシングを休みなく、状況に関係なく実行する「超攻撃的な戦い方」を形容した言葉であり、SBやWBを最前線まで躊躇なく押し上げ、ボールを奪ったらゴリゴリ前線にぶち込んでいくハードボイルドスタイルであり、SBやWBもゴリゴリ前線に特攻をするわけであり、そのおかげでめっちゃ疲れるし守備は弱いけどアスリート化された現代のサッカー選手ならなんとかなるのであり、ポゼッションには強いっぽいが引きこもられたりロングボールを蹴られると終わる、特攻ハイプレスサッカーを"storm"というナイスなワードで言ったヤツ
です!
ここで改めて、"storm"という単語について辞書的な意味を確認しましょう。
storm
名自動
- 嵐、荒天◆強い風と共に雨、雪、みぞれなどが降り、雷や稲妻も伴うもの。
- 《気象》暴風◆【同】violent storm
- 〔銃弾などの〕嵐、雨あられ
- 〔感情などの〕突発、激発
- 〔社会状況などの〕大混乱、大騒ぎ
- 〔敵陣地に対する〕襲撃、猛攻撃
他動
- 嵐が吹く、荒れる
・It stormed yesterday. : 昨日は嵐だった。- 怒鳴る、攻撃する
・What do you mean, storming in here? : こんな所へ乗り込んできてどういうつもりなんだ?- 〔激しく〕飛び出す、動く
- ~を急襲する、~を猛攻撃する
- ~を怒鳴りつける、~に激しくくってかかる、ガミガミ言う
- 〔雨や雪などを〕降らせる
- ~に突入する、~に乱暴に飛び込む
サイモン・クーパーは文中で"storm"を他動詞として使っているので、意味的にしっくりくるのは他動詞の1番目(と4番目)でしょうか。ちなみに、「storming football」で画像検索すると、とても面白いものが見られます。
こういうピッチになだれ込むやつをstormingって言うんですね。これが一番わかりやすい気がします。こればっかりは本人に聞かないとわかりませんが、サイモン・クーパーはやっぱり、(「ポジショナルプレー」という言葉が日本の多くのサッカーファンにとってそうだったように)サッカーを戦術的に新しい切り口で整理するためにこの単語を使ったのではなく、原文中で本人が最初に言っているように、ポゼッションに対して異常なまでにトンガってきたプレッシングスタイルを表現するために"storm"を使った、というだけではないかと思います。だから英語圏では戦術用語としてこの言葉を引用するフォロワーがほとんどいないのかな、とか。
一方で、ボリスタ界隈の方々がこの言葉を深堀すること自体には僕は別に反対ではないです。たしかに風呂敷デカめに「欧州で今熱い最新戦術ワード!」と言われると個人的には「いや~」となるんですが、ふとした言葉の意味するところを深堀し、高尚で独善的な解釈によって、場合よってはオリジナルさえも凌駕するような緻密な世界観を独自に構築していくのがオタクの真骨頂だと思いますし、それを牽引するサッカーオタク雑誌としては正しいふるまいなのではないかと思います。個別の解説でも、「カオス」という言葉を使って説明しているものはサイモン・クーパーの言葉のイメージ的にも近しいものがあるし、林舞輝さんが言っていた「時間の支配」というのも(良い意味での)オタク的二次解釈として非常に秀逸だなあと思います。ただ全体的に記事を投げっぱなしというか、フォロワーたちが付いて来きらずに議論と定義が迷走気味なのはなんだかかわいそうなので保護してあげてほしいなと思います。まあでも、サイモン・クーパーの文章を読むに彼自身が“storming”を素晴らしいものとは言っていないので、新概念!素晴らしい!Disruptive!みたいなかんじで持ち上げまくるのはどうかなという感じです。あとやっぱり、英語圏での用例が見つけられないとなると、その良し悪しは置いておいてもやっぱこれガラパゴスムーブになっているのでは?という疑問は抱かざるを得ないかなと思います。
ということで、「ストーミング」には定義らしきものがありました。でもすごく洞察的で、新しいものという感じはしませんでした。
ちなみに、今シーズン負け知らずでえげつない成績を残しているリバプールは、あるデータでは今シーズンのポゼッションが63.2%とシティをも上回っているそうで、もはや純粋な"storming"/「ストーミング」を卒業しているような気もします。このへんも"storming"がイマイチ普及していない背景かもしれません。まあ実際状況に関係なくハイプレス一本槍では戦っていけないし、このへんは、「あらゆる要素はグラデーション」という真理に飲み込まれていくだけなのでしょう。
引用が多くなって長くなってしまいましたが、今回もチラ裏にお付き合い頂きありがとうございます。また次回!