96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【その他&独り言編】

7    【その他&独り言編】

これで最後、もうここまで読んでいる人はいない気もしますが、「3年計画」の外側の存在についても少しだけ触れていきましょう。そして最後に、あとがきのようなものを書いておきます。

7.1    メディア・コミュニケーション

「3年計画」が発表されたとき、僕はクラブ周辺への期待として以下のように書きました。

なぜ我々はこのようなやり方を選ばなければいけないのか。クラブがやろうとしていることは具体的にどういうことなのか。ファン・サポーターに何を観てほしいのか。目の前の結果を、長期的な方針とチームコンセプトに照らしてどのように評価するのか。なぜ我慢するのか。なぜ我慢を求めるのか。90分の試合を、長期的な方針とチームコンセプトに照らしてどのように評価するのか、個々の選手のパフォーマンスを、どのような基準でどのように評価するのか、それはなぜなのか。一つ一つの打ち手は長期的な方針とチームコンセプトをどのように表現するものなのか。こういったことを、しつこいくらいに、事あるごとに説明し、オモテに出て、ファン・サポーターと共有し続けなければいけません。

 何故なら、少なくともこれから3年間は、クラブが描いたストーリー・脚本に沿ってクラブが進んでいくからです。進む道を選ぶのはクラブです。クラブが主体的にチームコンセプトを定めてチーム作りを実行するということは、チーム作りの意思決定や結果に対する説明責任をクラブが負うということになります。おそらくそれは土田SDであるべきだと思いますが、このプロジェクトの責任者は、事あるごとにクラブの意思を説明する義務があります。なので、現場は監督の職掌範囲という前提の下ではありますが、土田SDにはいろいろな場、ツールを使って広くクラブの問題意識や意思を発信していくべきだと思います。

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 まあちょっと僕の要求は高すぎるというかそこまで開示はできないかなと今読むと思いますが、言っていることはそこまで間違っていないと今でも思います。【不定期連載】と題された「土田SDが伝える浦和レッズの今」も2020年8月16日と2020年10月9日の掲載以降ついぞ連載されることはありませんでした。土田SDの体調不良の影響だとは思いますが、フットボール本部としてこのような発信は引き継いで欲しかったと思います。ただもしかしたら、リカルド体制において徐々にフットボール本部のコンセプトとピッチ上の挙動の乖離が明らかになっていくにつれて、論理的に語れば語るほど自己否定になってしまうという側面が強くなってきて発信ができなくなったのかもしれません。そういったこともあり、もしかすると、スポークスマンのような役割を西野TDが担っていた、ということなのかもしれませんけどね。

 そういう意味では、メディアの皆さんにもっとフットボール本部を追求して欲しかったという思いもあります。これもコロナの影響等々で難しかったのだとは思いますが、もうちょっと言葉を引き出してほしかった。例えば核心的な部分には触れないまでも、フットボール本部の取り組みを別の側面からもっと引き出すことでファン・サポーター・ステークホルダーをもっとこの取り組みに巻き込んでいく、応援してもらえるような空気感を醸成するということにチャレンジして頂けたら良かったです。LINEニュースで無料とは思えないほど質の高い選手のストーリーを共有してくれた原田さん、飯尾さん、菊地さん、杉園さんには本当に感謝ですし、事情を多面的に解釈しつつ冷静な筆致でレッズをレビューしてくれた轡田さん、沖永さんの文章にもとてもお世話になりました。その一方で、フットボール本部から引き出される情報はやっぱり物足りなかったし、フットボール本部からの回答がある意味で逃げのようになったとしても核心的な問いをぶつけることで全体のリテラシーや意識が高まっていくこともあったんじゃないかと。とはいえ、自分がその立場にいたら相手にとって耳が痛い指摘をぶつけていくことのハードルの高さはよくわかるところではありますけど。そういうわけで、今後も続くフットボール本部の取り組みにあたっては、事あるごとにフットボール本部、特にSDにはオモテに出てほしいし、いろんな言葉を引き出してほしいと思っています。

7.2    サポーターの理解

 では受け取る側のサポーターはどうだったのかという話ももちろんしなければいけません。とはいえファン・サポーターは母数が多すぎて統一された意見はないし、それぞれの美意識や優先順位、楽しみ方に合わせて楽しむだけなので、フットボール本部の取り組みに直接的に貢献することは難しいのかなと思います。そりゃみんなこの取り組みの価値を理解して我慢して後押ししてくれれば僕としても嬉しいけれど、俺たちは金払ってるんだから今目の前の試合でいいとこ見せろというのはめちゃくちゃに正論だし、選手個人ファンだから…という距離感でも自由です。

 ただ、こうなったらいいなということはもちろんあります。ファン・サポーターが最も影響力を持つのはやっぱり埼スタの空気感を作る部分です。コンセプトに関する部分で書いた通り、コンセプトを定めるのはフットボール本部ですが、コンセプト自体には共感されるべき根拠がなければいけません。要は、埼スタが好むサッカーを目指すという大義名分がコンセプトの正当性には決定的に重要だと思います。つまり、クラブがコンセプト策定の時点でブレないようにするためには、「埼スタが好きなサッカー」をどんどん明確にしていく必要があります。埼スタとは、つまり僕たちです。とはいえファン・サポーターで好きなサッカー総選挙はできないと思います(できたらそれはそれで面白いですが)から、何を指標にするか、それはやっぱり埼スタの盛り上がりだと思います。端的に言えば、好きなプレーにもっとみんなが盛り上がることで、だんだんとそれが明確になるといいなと思っています。僕だったらゲームを落ち着かせるようなサッカーよりもお互いに殴り合うサッカーの方が好きなのでそういうプレーに盛り上がりたいですし、そうじゃない人もいると思いますが、そういう人は好きなプレ―に盛り上がればいいと思います。そういった盛り上がりやリアクションを通じて、クラブが埼スタの好む浦和のサッカーをフットボール本部が理解・定義していく、そしてその実現のために監督を呼び、選手を集め、鍛え、ピッチで魅せる、そういう循環を持続的にどんどん進めていけたら、それこそがフットボール本部体制が目指す姿の実現に繋がっていく気がします。

 極端なことを言うと、こうした取り組みの中では、選手が個人的に「こういうサッカー、プレーがしたい」という部分、選手の好みは別に尊重する必要はなくて、大枠で言えばそれよりも埼スタが喜ぶプレーこそが重要なはずです。埼スタが喜ぶプレーを、体系化したコンセプトに沿った戦術をピッチ上で実践するのが選手なので、プレーの選択・味付けの妙は選手の価値ですが、選手が埼スタの好みと違うプレーをするならばそれに対して埼スタはもっとリアクションしていいと思うし、逆にプレーが失敗しても埼スタが好むプレーにチャレンジしたなら盛大に盛り上げてノせる、そんな関係ができると、この取り組みによって形作られる浦和のサッカーが明確になっていいなあと思います。どんなプレーに盛り上がるかは人それぞれですが、人それぞれでいいので良いプレーにはガンガンリアクションする埼スタにならないかなあと思ってます。当然、埼スタでリアクションをするためには埼スタにいないといけないので、要はスタジアムに来ることがクラブへの貢献になるわけです。普通の話に着地しました。ただ、「良いプレー」に的確にリアクションできると選手たちもテンションが上がると思うので、やっぱりサッカーを観ていく中でファン・サポーターもサッカーを知っていくことは重要だとも思います。基本は好き嫌いで十分だとも思いますけど。

7.3    全体を通じての感想(独り言)、そしてあとがき

 このセクションに辿り着くまで、一番最初から数えると9万字近くのボリュームの文章を書いているのですが、全部読んでくれた人がどれくらいいるのでしょうか。新書がだいたい10万字らしいです。執筆作業じゃねーか。もう誰もついてきていない気がします。全部読んでくれた人にはハイボールを驕りたい。むしろ驕ってほしい。無駄な文字数はもうやめて、締めの独り言を書いていきます。

 今回の振り返り、いままでいろいろと自分の中で考えていたことをいろんなところから引っ張り出してほとんど全部ぶちまけました。やっぱり「3年計画」と時限が切ってあると、とりあえずその結果が出るまでは応援に徹しようという思いがあって、なかなか厳しいことやネガティブなことは書きにくいなあというのがこの2、3年感じたことでした。まあそれは結局どのシーズンも同じかもしれませんが。ただこうして「3年計画」が終わったことで、まず「失敗しました」というところから始められたのはひとつ良かったところかなと思います。定量的な結果もそうですし、やっぱりリカルドのサッカーがフットボール本部のコンセプトからだんだんと遠ざかってしまったあたりは強く反省されるべきことだと思います。そういう定性的な部分も含めて、「3年計画」の取り組みは失敗したと思います。とはいえ、チャレンジしなければ失敗もできないわけで、さらに言えば、「3年計画」は失敗したけれども、その失敗も加味したとしてもフットボール本部の取り組みは正しい道のりを目指していると思うわけで、「3年計画」の失敗の後もフットボール本部の取り組みが続くことは素晴らしいことです。結果的に「第2期3年計画」が示されなかったことは、時限を切って取り組む難しさというか目標達成のために無理がでてしまう部分を教訓にしたのだと思いますし、それも含めてクラブにとっての学びは大きかったよなと。当然、「3年計画」の初期段階からこんな時限を切ったやり方はしなくてよいのに、という意見の人にとっては歯がゆい3年間だったでしょうけど。そういうわけで、これまでも書いた通り、僕の感想としては「3年計画」は失敗だったけれどフットボール本部の取り組みには大賛成で、またリーグを獲れない3年間だったけれどチャレンジしてくれてよかったと思う3年間だったということになります。

 もう一つ、個人の好みの部分で言えば、僕はちょっとリカルドのサッカーをあまり好きになれなかったです。全部が全部ではないですが、じっくり見てみて、やっぱりゲームが落ち着くのは好きじゃないなと。これは僕が浦和ファンだからなのかもしれませんが、エンターテイメントとして、興奮を得るためにスタジアムに来ているのだと考えたときに、いくら勝つ確率が高くてもゲームが膠着するのはもったいないというか。これはもしかしたら単純にサッカーの完成度の部分で足りなくて、リカルドが見せたいスペクタクルを選手が表現できなかったというだけかもしれませんけど。そういう意味では僕、あまり我慢強くないのかもしれません。今年はほとんどレビューを書けませんでしたが、昨年からあまり変わらない構造・展開・課題が続くように感じてしまったのもその理由です。もちろん細かい部分をみれば向上した部分、昨年にはなかった機能性とか、いろいろあるんですけどね。大枠の部分や志向の部分で、個人的にはあまりリカルドと合わなかったなーと今感じています。でもよく考えると志向的に近いロティーナのサッカーはわりと好きで観ていたので、リカルドのサッカーそのものが好きになれないというよりは、「浦和のサッカー」として好きじゃない、ということかもしれません。実際ビルドアップの機能性作りとか、立ち位置をあれこれしたりするところとか、戦術的なギミックは観察していて面白かったし、勉強になりました。シンプルに言えば、良い監督だと思うし感謝もしてるけど、浦和の監督をやるならもっと殴り合ってほしかった、という感じでしょうか。

 ただ、勝つことを考えればこのアプローチが論理的に確立を高めることはよくわかります。そりゃこれだけゲームをコントロールする術を持っていて、選手がそれを実行できて、拮抗状態を作っておきながら都合よく自分たちだけ殴れる個人の質があれば強いとねと。こう考えるとロティーナはセレッソ時代に坂元を使えてラッキーでしたね。あれだけ1on1を制してくれる選手がいれば、自分から拮抗状態を作ってもやっていけます。

 逆に言えばリカルド・レッズはやっぱり拮抗を破壊できる個人の質を確保するのに苦労したし、その点、結果が出なかったことは編成の反省と言えるのかもしれません。ただね、トップチームの強化アプローチで言えばセレッソの強化部と浦和のフットボール本部はまあまあ似ていて、アプローチは合っていたと思うんですよ。それで結果が出なかったのは確率の問題のような気もするし、その確率を上げたいならコストをさらにかける必要がある。そう考えると、正論を突き通していく手法はやはりコスパが悪い、なんてことも言えるかもしれません。じゃあコスパの良い手法はなんですかと言えばやっぱりそれはリスクをとることで、リスクをとってコストパフォーマンスを最大化するという意味で近年最強のチームはマリノスということになると思います。2021年度に勝ち点79を獲ったチームの人件費が25億円ちょっとですからね。川崎は同年36億円、浦和も30億円かけてます。今年の人件費はマリノスもさすがにもうちょっと上がっていると思いますが、やっぱりリスクを取りながらコストパフォーマンスを追求していくやり方は正論を突き通す代わりにコストをめちゃくちゃ要求するポジショナルプレー正統派へのアンチテーゼになるんじゃないかと思います。サッカー界に大小いろいろなヒエラルキー構造がある以上、ポジショナルプレー原理主義的な勝ち方は正論を突き通すだけのリソースなしには実現しないのではないかと。

 ちなみに、近年のJで最強のチームである川崎は、賞金・分配金・移籍金で得た資金も使ってますが、資金よりも時間を使った強化で強くなったチームだと思います。風間教祖が授けた技術的な基準の高さをクラブ内に残し、維持したことで選手を育った選手が彼らの強さの基盤でした。そうして時間をかけて作り出した黄金期を謳歌していた近年の川崎ですが、もしこのサイクルが終わったときに、次世代をまた時間をかけて育てるのか、その意思を持ち続けられるのか、川崎についてはその辺りに興味があります。もし次の黄金期を迎えるにも時間というリソースが十分に必要なら、それは川崎のサイクルは一周が長いということになります。それはそれで面白いですが、一度強くなった後に長く我慢するのは大変ですからね。抽象的な話なので間違っているかもしれませんが、こういう風に考えると、浦和が目指していく強化の路線はマリノスに近いのかなという感じがします。お金は使うけれど、コンセプトとしてはリスクを賭けてコストパフォーマンスを最大化する、その結果成績の安定感はないかもしれないけれど、ベースだけは作っておきあとは爆発力で結果を出す、そんな感じの取り組みになっていくのかなと思います。良いか悪いかは知りませんが、個人的にはこの方向性は結構納得感があります。浦和は会長マネーもスマホゲームマネーも使えないし、かといって時間をかけてじっくりサイクルを回す手法も似合いません。マリノスも鋭い補強はするけど放出も結構してて編成サイクルが短い印象で、雑に言えば欧州的という括りで浦和も似ていくのかなと。まあ、どうなるか見てみましょう。

 話は戻ってフットボール本部の取り組みと「3年計画」については、個人的には非常に多くの学びがありました。サッカーについてもそうだし、プロジェクトマネジメントみたいな観点でもそうです。フレームワークが合っていても小さな判断ミスや見込みの甘さ、キーパーソンの離脱、もっと理不尽なところ言えばコインの裏表みたいなところで結果は変わってしまうし、リンセンの獲得タイミングの判断のように、間に合うけれどベストではない選択肢VS間に合わないけどベストな選択肢みたいな究極の決断をしなければいけないこともある。こういう決断を正解にしていくのがプロジェクトリーダーの資質なのでしょうし、長期のプロジェクトを観ていく面白さなのかなと思いました。こういう見えにくいポイントを多くの人がわかるようにメディアが翻訳・紹介してくれると、強化担当者の実力みたいなものが広く評価されるようになって、Jクラブの強化・戦略面での競争もいっそう質が高くなるのかなという気がします。それはそれで面白いですよね。

 そんなわけで、僕の「3年計画」もこれでいったん終了です。いろいろあったけれど、総じて興味深く、面白かったです。ただあまり楽しくはなかったかな。この先は、埼スタが求める興奮を論理的に作り出す取り組みのさらなる推進と、それがゴリゴリ実を結んで埼スタがスペクタクル大量生産工場になるのを期待します。まあ来年以降の話はまた来年ということで、ここまでまとまりのない超長文にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

それでは。