96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【強化・マネジメント編】

5    【強化・マネジメント編】

 3年計画及びフットボール本部の取り組みとのガチ対話はついにマネジメント編に突入です。いよいよ主役と戦えると思うとワクワクします。今回で見ていくのはまさにフットボール本部のパフォーマンスです。特に、フットボール本部が現場に影響を及ぼすコーチング体制の整備、スカッド編成・補強、そしてチーム強化インフラ・ツールについてみていきます。

5.1    コーチング体制は適切だったか?

 大槻体制の意味と監督交代について

 「3年計画」の達成にあたっての監督選びという点で、フットボール本部の選択は適切だったでしょうか。これまで見てきた通り、大槻体制には大槻体制の、リカルド体制にはリカルド体制の欠点がありました。ざっくりとみていきます。ファン・サポーターの中にはおそらく、「3年計画」を大槻体制でスタートしたこと自体が間違いだったという意見の方がそこそこいると思います。この点にはある面で同意できて、ある面でそうとも言えないと思います。これまで見てきたとおり、フットボール本部の策定したコンセプトに対する忠実性、コンセプトを体現しようとする姿勢において大槻監督はリカルドよりも優れていました。それはレッズ在籍期間が長くクラブの雰囲気や大切にすべきものを感覚的に理解していたこともあるでしょうし、彼本人のサッカー観としてフットボール本部のコンセプトに近い部分を持っていたということもあったと思います。もちろん監督としての実績はJ1レベルでは評価できるものではなかったので、この点で「3年後の優勝を目指す」とした計画の先導者としてふさわしかったのかという疑問は真っ当でしょう。その一方で、競技面以外でフットボール本部が大切にしたと思われる評価軸を踏まえると、大槻体制からのスタートの意図が見えてくる気がします。
 フットボール本部体制の発表会において土田SDが特に強調していたのは、「浦和を背負う責任」という言葉でした。あまりにキャッチ―かつクセが強い言葉だったので一瞬でミーム化し僕も散々この言葉で遊びましたが、振り返ってみるとこの言葉は土田SDにとって心の底から重要な概念だったのだと思います。

(土田SDにお聞きします。コンセプトをお示しいただいたが、これまで具体的に戦い方がどう違ってくるのか?あと、大槻監督が続投することについて、コンセプトが共有できたからだと思うが、どういう点でコンセプトを共有できて、どういうことを期待するか?)

土田SD
「まず、どういうコンセプトを共有したか、ということですが、チームづくりの上で一番ベースとなる『浦和の責任』、そこに関して大槻監督は、浦和を理解し、浦和レッズを理解し、浦和の責任という言葉の意味を本当によく理解してくれている人だと思っています。

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 雑な解釈かもしれませんが、この言葉には「サンフレッズ」と言われたミシャの時代を起点として外様選手が増え、彼らが中心を担ってからのクラブ内の雰囲気への危機感があるように感じます。もしくは、ひねくれた言い方をすればそれは土田SDの心の中にある「あの頃」への懐古のようなものかもしれません。特に2007年くらいまでの浦和は高卒・大卒の生え抜き選手が多く、選手やクラブとサポーターの距離感もかなり近かった牧歌的な時代でしたから、それが今の時代の感覚で良いにしろ悪いにしろ、「あの頃」と現状のレッズ、それぞれの持つ浦和の街との空気感の違いを感じていたのではないでしょうか。そうした流れを「あの頃」に引き戻そうとしたときに、その抽象的で感覚的なゴール・理想像を描いて組織を引っ張っていける人材は多くありませんから、そうした感情のある自分がやってやろうという意識がフットボール本部の設立そのものにあったような気もします。そうすると、その良し悪しは別として、土田SDの理想像である空気感、そしてその空気感をベースにするコンセプトの実現には、土田SDが「浦和を背負う責任」と名付けたものをまず取り戻さなければなりません。この責任概念を現場で植え付ける宣教師としての役割こそが、大槻監督には期待されていたような気がします。

 選手に伝えたときの選手の状況、はっきり申しまして、この言葉の意味、重さ、理解していない選手がいるのは事実だと思っています。それは先シーズンまで私がピッチの上で仕事をしていても感じてきたことでもあります。でも、浦和レッズの選手である以上、そこを感じてプレーしなければいけない、そこは分かっていながらも理解しきれていない選手がいるのは事実だと思っています。

 でもこれは、選手だけのことだけではないと思っています。実際私は、Jリーグがはじまり今まで浦和で過ごさせていただきました。その中でこの浦和レッズというクラブが、だんだん浦和との距離感が空いてきているのではないかと感じています。選手は、現場は、クラブの鏡だと思っています。選手にも要求します。浦和をもっと知ってほしい、理解してほしい。この浦和の責任というものがどういうものなのか。でもそれは、クラブがまず浦和をもっと大事にしなければいけないのではないか、そこも本当に見ていかなければいけないところだと思っています。そしてこれからチームづくりを進めていく上で、そこの理解ができない選手、そういう選手がいてはいけないクラブ、チームだと思っています。時間はかかるかもしれません。けれど、ここのところだけは、常日頃から選手に伝えていきたいことだと思っています。

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 こう考えると、あの当時フットボール面だけで大槻監督よりも優秀な候補者がいたとしても、大槻監督が選ばれる理由もわかる気がします。もしかしたら普通に他の候補に断られたから消極的に大槻体制を選んだのかもしれませんが、そうだとしても大槻監督に期待したことの輪郭は見えてきます。つまり、「3年計画」の初期段階として、責任概念を含めてトップチームの雰囲気を変え、「あの頃」に近づけていく一歩目を担うことこそが重要であり、戦術的な部分・コンセプトの実現はその先の2次的なタスクだったのではないでしょうか。当然、競技面での成功だけを考えればこれは悪手です。フットボール本部体制において監督はコンセプトを実現する現場の技術マネージャーですから、クラブが大事にすべき理念や精神性の浸透には本来責任がないはずです。「3年後の優勝」を掲げた点からしても、それにふさわしい専門家を招聘するのが筋のはずです。ただまあ人間がやる組織はつまるところウェットだし、ゲームモデルの根拠として概念的な感覚や価値観・歴史的な経緯に根差す哲学が考慮されるべきことを踏まえてもそういう考え方もあるのかなという感じもします。逆に言えば、こういうめちゃくちゃ人間くさい理想像こそ、これだけの組織体制改革のモチベーションになるのかなという感じがしますし、土田SDだからこその発想だとも言えます。おそらく理想像としては大槻体制においてこうした責任概念を植え付けたうえで、2年次以降にコンセプトに沿ったゲームモデルのより高度な実現を目指すという流れを考えていたのでしょう。そうした思惑に反して、おそらく起きていた「ステルス政権交代」の影響もあり、リカルド体制が実現します。

 この頃フットボール本部を率いていたと思われる西野TDとしては、クラブのコンセプトへの自らのサッカー観の注入をもくろんだのかもしれません。リカルド就任時に暗に言及している通り、大槻体制でベースとなった4-4-2プレッシングという非保持面の武器にリカルドのビルドアップの仕込みを組み合わせようという足し算の発想(=ハイブリット)でのリカルド招聘だったと思いますが、やっぱりサッカーは単純に戦術を足し算すればよいわけではないというのが真理なのでしょう。このあたりは正直フットボール本部の見込みの甘さがあったかなという感覚は否めないし、反省すべき点として挙げられると思います。リカルド就任時に書きましたが、

 ここで問題になるのは、本当にチーム作りは足し算なのか?ということでしょう。サッカーにおいて攻守は一体、表裏をなすものなのだからどちらかだけということはないわけで、ディフェンスが出来たから次オフェンスね、とはならないのではないかと思います。例えばわかりやすいのは今季でセレッソ大阪の監督を退任するロティーナのサッカーでしょうか。彼のセットディフェンスの強固さは大雑把に言えば一列前の選手が後ろのラインの隙間を埋める原則を徹底しているからこそ。前の選手が後ろのラインを埋めるわけですからボールを奪っても前で待つ選手は少なくなっているわけで、だからこそトランジションからの速攻が比較的少ないというサッカーをしていると思います。ついでに言うと、そこまでしっかり守っているのに攻め込んでからのカウンターで失点したら意味がないし、早く攻めれば早くボールが戻ってくるわけで、計算外が増えるオープンな展開を起こさないようにあえて攻守においてトランジションをなるべく避けるサッカーになっているということだと思います。だから彼の4-4-2ブロックや論理的なゲーム構築の手腕は間違いないとしても、もっと攻撃的に、プレッシングからポジティブトランジションで仕掛けていこうと考えるとトレードオフでセットディフェンスの方に影響が出て、そうなるとロティーナに任せた意味はなんだっけ?となりそうです。この意味で、ロティーナが良い4-4-2ブロックを構築できるから大槻監督の次の監督に、という意見は、トランジションの強度で勝つことを重視している今の3年計画的にどうなのかなーと思っています。

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 なんか、まさにこうなったなあと。この時はロティーナの名前も出ていたのでロティーナと書いていますが、2年間観てみて、リカルドもロティーナに近いサッカー観・志向を持っていると言っていいのではないかと思いました。もちろんボール保持の部分での作りは多少違うと思いますが、全体的には不要なトランジションは避ける、下手にリスクを冒さない志向を感じました。フットボール本部の策定したコンセプトには「リスク」という単語が出てきませんが、全体的にはリスクをある程度許容して勝負しにいく姿勢というのが浦和っぽさなのだと思いますし、フットボール本部も言外に意識していた要素だと思います。リカルド招聘にあたっては、この点のリスクへの考え方がマッチングの際にあまり考慮されなかったのかなという気がします。たしかにビルドアップの仕込みと言う意味では飛躍的に進歩したし、リカルド自身もプレッシングをチームの武器として重要視していたと感じますが、もう少し抽象的なレイヤー・サッカー観の部分でリスクに対する考え方、アプローチの仕方にフットボール本部のコンセプトとのずれがあった気がします。もしかするとリカルドとしては「もっとプレッシングに行きたかったけど選手がなかなかついてこなかったのよ」と言いたいのかもしれませんし、そうであればそれはそれで編成面でのフットボール本部の反省ということになるのでしょうけど。ポジティブに考えれば、リカルド招聘の2年間をもってそういった要素が重要であるという学びを得たし、それを活かしてスコルジャ監督を招聘したのだと言えると思います。実際スコルジャ監督のサッカーを観ているとリカルドほど整った守備組織でのセットディフェンスを強調していないように見えますし、シュートの数も非常に多く、整った状態をあまり意識せず、リスクに寛容な雰囲気を感じます。そういう意味では大槻体制・リカルド体制を経てのスコルジャ体制というのは、これまでうまく監督の志向・実力とフットボール本部のコンセプトを合わせられなかったという意味でのブレが改善されてきたのかなと感じています。

 もう少し強化してよい気がするコーチング体制

 次にコーチングスタッフですが、そもそも論として、ここまで見てきたとおり大槻体制→リカルド体制という大きな方向転換がありましたので、コーチング体制もそれぞれの体制によって各監督に合わせた人選を行ったという部分があります。大槻体制ではヘッドコーチの上野さんが特に攻撃面で主体的な役割を果たしていたようですし、工藤コーチや山田コーチといった以前から浦和で(そして大槻さんと)長く仕事をしてきたコーチ陣が脇を固めていました。リカルド体制ではリカルドの通訳兼コーチとして小幡氏を招聘し中枢に据え、さらに分析担当に林舞輝さん、守屋優馬さんを抜擢するなど理論とテックを使いこなす新世代を登用し考え方を大きく変えていこう、欧州スタンダートの考え方を取り入れようという思惑が強く出ていました。2022シーズンからは徳島からさらに前迫コーチを引き抜き、特にセットプレーで新しいアイデアを取り入れることに成功。常にというわけではないもののセットプレーの質が高まったと感じる部分も多くあり、この点は新しい取り組みの成功例と言えると思います。分析も含めて監督を補佐する役割を担うコーチング体制については内情がかなりわかりにくいので評価が難しいですが、基本的には監督が仕事をしやすいメンバーを揃えるというのが重要だと思いますので、監督一人だけ連れてきてあとはクラブが選んだメンバーと「はじめまして」からで優勝してください、という形にしなかったのは悪くなかったと思います。浦和は伝統的に過去と現在を繋ぐ役割としてOBの内部育成を続けていますが、この枠が平川さん一人だったことも最低限の措置として納得できるものなのかなと思います。

 逆に気になるのは、リカルド体制以降のコーチング体制の若さ、経験の無さ、そして絶対的な人数でしょうか。若いからダメという気はないのですが、小幡さんは加入時33歳でJ1リーグでのトップチーム経験は徳島での2020年のみ、前迫コーチも加入時32歳で小幡さんと同様2020年の徳島での経験のみ、平川コーチは極めて豊富な選手経験を持つもののワンクラブマンでコーチとしてのキャリアは2019年からスタートという指導体制だったので、J1リーグやACLを戦い抜く、タイトル争いに最後まで絡んでいく、優勝を争うクラブの高い基準を植え付けるという部分でどうだったのかなという疑問があります。ここ10年くらいの浦和は基本的にイイ奴が多いチームでコーチ陣と選手の対立があるような話はあまり聞きませんが、この指導体制と選手たちを比べると選手のほうが明らかに実績があるので、「指導」という言葉をそのまま捉えたときにどれほど「指導」になったのだろうという素朴な疑問が湧いてくるのは事実です。

 人数に関しても多ければ良いという話ではないと思いますが、この3年間の優勝クラブであるフロンターレとマリノスのコーチング体制を見ると、フロンターレは監督の下にコーチ4名、GKコーチ1名、フィジカルコーチ1名、アスレティックトレーナー5名の体制、マリノスはヘッドコーチ1名、アシスタントコーチ3名、フィジカルコーチ1名、コンディショニングコーチ1名、GKコーチ2名、アナリスト3名の体制、広島も監督の下にヘッドコーチ及びコーチ4名と、どちらも浦和よりも多少分厚いコーチング体制を有しています。レッズは主要スタッフ以外は公表していないのでコーチング体制全体の大小というのは比較できないのですが、個人的にはコーチングスタッフはもっと多くていいのではないかという感覚があるので、今後どうなるか見ていきたいと思います

 それにしても2022シーズンはコロナ以外の離脱も多くて、メディカル関係の課題が出たシーズンだった気がします。怪我予防の責任はフィジコ、早期回復、怪我リスクの回避の判断はドクターチームの責任というのが一般的だと思いますが、この辺りの原因分析と改善は是非期待したいところです。例えば、浦和で言えば長年コンディショニングトレーナーとして信頼されていた野崎さんが岐阜に移ったことでやっぱり影響があったのか?は気になります。たぶんしばらくほとぼりが冷めないと正直な感想は出ない気がしますが。

 監督に合わせたコーチング体制の整備とは少し異なる観点を感じるのはGKコーチに招聘したジョアン・ミレッさんだと思います。GKコーチはこれまで長く土田SDが務め、その後は日本代表での活動経験が豊富であった浜野さんを登用してきたポジションです。これまでの2名はわりと保守的・日本サッカーのスタンダード路線の指導だと思いますが、ジョアンに関しては高度に言語化された独自の理論を徹底して刷り込むタイプでかなりの攻めた人選です。ジョアン体制となった浦和レッズのGK陣の取り組みは各所でレポートされていますが、結果的にこれは大成功だったと思います。西川のクロス対応はこれまでと打って変わって積極的になり、セービングの回数自体を減らすアプローチでピンチを未然に防ぐ守備ができていたと思います。そもそもジョアンの登用は将来有望な素材である鈴木彩艶を育成するためのものだったと思いますが、ジョアンの教えで実績ある西川が更に進化し、彩艶の超えるべき壁が高くなってしまった感があるのは皮肉ですが。

 「サッカーの正論」と「浦和らしさ」を繋げるコーチング体制?

 余談ですが、上述のコーチングスタッフの数や質の話と併せて、個人的にはこうした技術向上のためのコーチがチームの中にいてもいいような気がしています。例えばGKだけでなくFPでもという発想で、FWはFW特有の動きや技術を指導できる専門の技術コーチがいても良い気がします。技術コーチと書いたのは監督をサポートするコーチとある程度役割を分けてもいいのではないかと思うからで、あえて名前をつけるなら技術コーチと戦略・戦術コーチを用意して、役割分担・棲み分けをするようなコーチング体制も面白い気がします。

 リカルドのサッカーを見てきて思ったことですが、いわゆるポジショナルプレーで成功するにはやっぱり選手の質が必要です。僕の理解ではポジショナルプレーは「サッカーの正論」をパッケージしたもので、その成功には「自分たちがミスをしないこと」が前提として内在している気がしています。要は、正しいポジションを取って正しい動きをしても、パスがずれたら、トラップミスでボールが2m転がっていったら、左回りでターンするべきタイミングで右回りのターンしかできないなら、左足でパスすべきところで左足が動かないなら意味がないわけで、つまりは各ポジションに必要な技術を持ち合わせなければポジショナルプレーは実現しないし、それはいわゆる個人戦術をどこまで持ち合わせているかも同様です。

 一方で、浦和レッズを含めて世界の多くのクラブは必要な技術や資質を全て持ち合わせた選手を獲得できません。特に、日本で最もコロナ禍による入場料減の悪影響を受けた浦和レッズさんは選手獲得にあたってコストパフォーマンスをすごく意識するようになったと思いますし、一昔前のように選手獲得のために法外な条件をバンバン提示するというようなこともやっていないはずです。そういう中で、新卒選手やJ2、J1下位からステップアップしてきた若い選手、実績はあるものの浦和レッズのサッカーに初めて触れる選手に対して、日々のトレーニングで、目指すサッカーに必要な技術を身につけられる・技術を向上させる体制を整備する重要性が高まっている気がします。

 「3年計画」の浦和でいえば、加入した選手のできることが増えていく、トレーニングを通じて成長するという部分は正直あまり見られず、どちらかというと試合に出場を続ける中でタフさを増していった選手がいた大槻体制と、選手の特性と監督の選択する戦い方がフィットしていくに連れてパフォーマンスを上げた選手がいたリカルド体制という印象でした。断定的には言えばないものの、もしこれが日々のトレーニングを通じて技術を向上し選手の選べる選択肢自体が増える、監督の採用する戦い方に対応できる選手が増えていく環境になれば、もっと効果的に戦えたのではないかと感じるわけです。そしてそうだとすると、そうしたニーズに対して、プロ経験がない理論派戦術コーチを中心とした体制は適切なのか?となるわけです。もちろん戦術導入や対戦相手の対策にはいわゆるデスクトップコーチの方が優れている場面もあるでしょうし、何より監督の補佐をする立場の人材は監督が認めた人であるのがベストです。ですが、プロとして生きていく、選手の価値を向上させるための技術や個人戦術を教える役割は少し違う人に任せてもいいのかなとも思います。例えばここにクラブに縁のあるレジェンドを招聘してもいいでしょうし、ジョアンのように技術体系・指導理論を確立している人を海外から招聘しても面白いと思います。要は監督を補佐する戦略・戦術担当のコーチが決める方向性を尊重できていれば、専門技術は専門家に任せるという考え方でもいいのではないかと。こうした体制で選手を育てる中で、現在のGKチームが実行しているようにそうした専門家たちのノウハウをクラブに蓄積し、クラブ自体が選手の技術を向上させられる組織として積み上げていく、そうして長期で見ると、「浦和レッズらしい」FW、MF、DF、GKを自前で育成できるようにする。そういった取り組みにチャレンジするのも今後に向けて面白いのかなと個人的には感じたシーズンでした。

5.2    補強・放出は適切だったか?

 フットボール本部は平たく言えば強化部ですから、スカッド編成オペレーションは中心的活動の一つと言えます。監督選びの時点で上記見てきたようなブレが起きてしまったため、編成オペレーションにも必然的に影響を与えたはずです。一部は【時系列編】で既に言及していますが、特に補強・放出がどのようなものであったか、それぞれの効果や狙いがどうだったかを振り返りましょう。

 なお、これ以降は「冬の補強⇒夏の放出・補強⇒冬の放出」をワンセットとしてみていきます。理由は単に当該年度の成績を参照できるサイクルがこれだからです。本当は冬の放出・補強⇒夏の放出・補強で見るべきなんでしょうけど。

 思い通りに動けなかった初年度

 2020年シーズンはフットボール本部体制初年度ということで編成オペレーションに非常に苦労したオフとなりました。獲得できた選手はトーマス・デン、レオナルド、伊藤涼太郎(レンタルバック)、武田英寿(高卒)のみ。フットボール本部体制及び「3年計画」のスタートとしてはかなり寂しい成果で、新加入選手発表記者会見に参加したレオと涼太郎が二人で握手する写真がミームにならなくて良かったなと思いました。結構シュールでした。

 この年の編成オペレーションは「複数年契約の選手が多く動きにくい」ために小規模にとどまったというまとめ方をされるのが一般的だと思いますが、僕の過去の記録を見返すと、意外といろいろと声をかけていたみたいで、結構報道が出ていました。当時大分の小塚和季(後に川崎)、当時湘南の杉岡大暉(後に鹿島⇒湘南)、当時鳥栖の原輝綺(後に清水)にアプローチを仕掛けた報道があったのですが結局誰も来ませんでした。この時点では浦和がどういったサッカーをやっていくか判然とせず、大槻監督の続投もかなり後ろ向きに捉えられていましたので、やはり交渉の中で優位性を発揮できなかった、選手にとって魅力的な移籍先と思われていなかったことが大きな敗因だったと思われます。選手選考的には2021年シーズン以降の補強と同じく若くて有望な選手を獲得したいという意向は見える気もしますが、「どこでどんな活躍をしてほしいか」という具体的なビジョンはややぼやけていたかもしれません。

 2020年シーズンのスカッドを俯瞰してみると、上図のようになります。後付けでスカッドがどうだったか話すのはズルい気もしますが、結果論としては以下のようなことが言えると思います。

  • 最も負荷がかかるSHの層が薄く、しかも走れるタイプが関根と汰木しかいない。
  • 一方でFWの層が異常に厚い。これはそもそもFWとして獲得していない選手のポジション(主に3-4-2-1のシャドー)がなくなったため。
  • CHは実力者が揃うが、エヴェルトンと長澤はIHがベストポジションで柏木は戦術上使いにくい、阿部は怪我。となると運用が難しかったかも。

 全体的にはやはりやりたいサッカーと編成の親和性を確保できなかったということになりそうです。

 編成が上手くいかなかった2020シーズンですが、この年からの戦力整理(放出)は相当なスピード感を持って実行されました。まずは夏にマウリシオ、ファブリシオをレンタルで放出。シーズン終了後のオフにはエヴェルトン、長澤、青木、岩武、鈴木大輔、武富、福島と中堅選手を一気に放出。長澤の移籍がフットボール本部の意向通りかは微妙なところですが、前体制で獲得した「名前のある」選手たちをほぼ一掃することとなりました。このオフから基本的にフットボール本部は出場時間が少ない中堅選手はほとんど放出しており、なかなか容赦のない編成方針になったなという印象でした。

 上記の出場機会のない中堅選手とは毛色が違った放出選手が橋岡(⇒シントトロイデン(レンタル)とレオナルド(⇒山東泰山)、柏木(⇒岐阜)でした。橋岡はリーグ戦出場時間がチーム2位、レオナルドは同6位でチーム得点王、柏木は出場機会に恵まれませんでしたがチーム内での存在感・選手からの信頼が非常に厚い主要選手でした。海外挑戦、高額オファー、規律違反と三者三様の別れとなりましたが、おそらくこのどれもがフットボール本部の想定外だったはずです。この3人を含めた総勢15名の登録選手放出が、続く2021年シーズンに向けての大量の新加入選手の枠を空けることとなりました。

 大編成を行った2021シーズン

 2021年シーズンは大量補強を実行。新卒や夏のウインドーでの獲得を含めると合計17選手を獲得しました。

 冬の移籍市場では明本、佳穂、田中達也、西、金子、塩田、敦樹(新卒)、大久保(新卒)、藤原(新卒)、福島(昇格)、そしてキャスパー・ユンカーを獲得。キャスパーは別格として、J1リーグでキャリアを積んできた選手は西と塩田のみ、塩田は第3GKという特殊な役割を期待していたことを考えると、「名より実」という方針とともにコストパフォーマンスを相当意識した選手選考であったと思います。コロナ禍による入場者数の壊滅的な減に起因する売上の大幅な減少という現実的な制約があったとはいえ、これは前任の強化体制を反面教師にした方針なのだろうなあと思います。実際2018年、2019年の浦和の補強で、加入したシーズンからレギュラーに食い込んで戦力となったのは外国籍選手を除くと岩波と山中くらいで、リーグ戦に600分前後しか出ていない選手でもゴリゴリの長期契約を持っているような状態だったのではないかと思われますので、2020年シーズン前に編成に苦労したフットボール本部が前体制の「反省」を踏まえるのは非常に納得感がありました。加えて、J2で既に評価を高めていたリカルドが監督に就任するということで、選手としても興味を持って浦和の話を聞いてくれたという側面もあったと思います。前年は異なりこのオフでは選手獲得に苦労しているという話はほとんど聞かれませんでした。

 ただし、西野TDがインタビューに答えている『Jリーグ新戦術レポート2021』を読むと、この時点でもまだ「3年計画をたてた2年目の今年(2021年)は、正直に言って選手の入れ替えがあまり出来ていませんでした」とあります。そうした問題意識からか、フットボール本部は夏のウインドーではさらに積極的に動きました。獲得選手は酒井、江坂、ショルツ、平野、木下。このうち木下を除く4人は夏加入でシーズンの出場時間が1,000分越えで後半戦は完全な主力として活躍しました。江坂は「アクシデンタル」、平野は「もういっちゃおう」という感じで計画外だったようですが、この2021年夏の補強で現在のレッズの根幹が固まることとなりました。こうした動きには、『Jリーグ新戦術レポート2021』で西野TDが明かしている通り、2021年の夏に大規模なスカッド編成を行ったのは2022シーズンの優勝を見据えて、という意図があったようです。

西野 リカルドのサッカーには選手たちに落とし込む時間が必要です。そこから逆算して、来期のJリーグで優勝するために、2022開幕前の冬に仕上げるのではなく、半年早い夏のマーケットで動いてチームを仕上げていこうと思ったからですね

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 これ、個人的には凄く勉強になりました。たしかにそうだよなと。夏に獲得する選手は即戦力でそのシーズンに活躍することを求められるのは当然ですが、次のシーズンにスムーズには入れることもアドバンテージです。もちろん前提として次のシーズンもほぼ同じ体制で進めていくことを決められる場合に限りますが、こういった意図での獲得は「先」を見据えている感じがして新鮮でした。この夏の動きは戦力補強の面以外にも、ファンを惹き付けるという意味でも有効だったと思います。江坂獲得の際に「獲れたらいいねリスト」の存在が明らかになるなど、数年ぶりに浦和界隈で補強に夢が抱けたこともあり、この辺りからフットボール本部の取り組みが浦和を取り囲むステークホルダーに認められたのではないかと思います。

 結果的に2021年シーズンのスカッドは以下の通りとなりました。

 昨年に引き続き出入りが激しいのは最前線で、トップ・トップ下の選手は夏に4選手、冬にも興梠と木下を放出したので合計6選手を放出しています。健勇のレンタル移籍は本人の希望があったようですが、全体的には最前線で軸となる選手を決め切れなかったのが3年計画の傾向としてありそうな気がします。これは興梠の後釜が決まらなかったという見方もできるでしょうし、もう少し戦術的に見れば大槻体制にしろリカルド体制にしろ、プレッシングでチームに貢献しつつ、ボールを収め、引き出し、そしてゴールを決めることを要求するわけでトップの選手に求める役割の多さ、重さが関係しているかもしれません。トップ下の選手も同様で、技術や特徴の差はあれどプレッシングとビルドアップ、チャンスメイクの3点を上手くこなせる選手が誰だったかという部分で佳穂が重用された印象があります。比較的安定的にレベルアップしていたボランチから後ろとポジションと比べると前線に必要な選手を揃えられなかったというのはフットボール本部体制の課題として一つあったのかもしれません。

 2020年シーズンの課題であったSHの層の薄さは明本の獲得でかなり軽減された感がありました。明本はSBでの出場機会もありましたし、フットボール本部としては期待以上の活躍をした選手だったことでしょう。他方リカルドのサッカーに魅力を感じていることを公言していた田中達也がビルドアップの安定にあまり貢献できずいまいちフィットしなかったのは誤算だったかもしれません。トップの選手がなかなか定まらない中で、2列目の選手の得点力というのはこの年のリカルド・レッズの大きな課題となりました。

 たくさんの補強があるということは放出も同じようにしなければならないということで、この年は放出も非常に派手でした。

 夏に完全移籍となった武藤に続いて、槙野、宇賀神が契約満了での放出、さらに阿部の引退でミシャの時代を知る選手はほぼ一掃されました。さらには2021年に加入したものの酒井の加入で出場機会が限られてしまった西、同じく2021年加入の田中、さらには山中、汰木とリーグ戦のプレータイムが上位11以内だった主力も容赦なく契約満了に。出場機会を得られていなかった金子やトーマス、木下も問答無用でバスから降ろされ、冬だけで総勢11名を放出、2名の引退、夏も含めると前年以上の18名の放出と大ナタを振るうこととなりました。余談ですが放出選手のうち汰木と山中は獲得時or契約更新時の年俸査定が高すぎて、フットボール本部からは良い条件を提示できなかったのかなと思っています。これだけの選手を入れ替えた浦和レッズですが、全体としてはトップチーム人件費は減少傾向にあります。2022年のデータがありませんが、汰木・山中が加入した2019年シーズンは32,28億円でしたが、2020年31.19億円、2021年30.89億円と続きます。キャスパー、酒井、ショルツ、江坂といった選手を抱えながらこうした動きになっているのは高額なブラジル人選手の放出に加えて中堅日本人選手の年俸見直しも一因となっているのかもしれません。

 バランスは良かったが課題も残った2022シーズンの編成

 フットボール本部は2022年シーズン前のオフも18名の大放出と同時に大補強を敢行しました。ただこのオフも前年同様日本人選手はコスパ路線を継続し、加入13名のうち新卒が3名、J2からの獲得が3名。J1に定着しているクラブからの補強は鹿島から犬飼、鳥栖から大畑のみでした。目玉となったのは徳島から加入の岩尾と横浜FCからの松尾の獲得でしたが、この2名は降格クラブからの引き抜きとなりました。

 補強の狙いを考えるとコストパフォーマンスを意識しつつ放出した選手の穴埋めを行ったと思われるのが松尾、大畑の二人でそれぞれ汰木と山中に対応しそうです。サイドからの得点力の強化とビルドアップに貢献できる左SBという狙いが透けて見えます。またここにきてリカルドのサッカーを経験している岩尾と馬渡の獲得というのも特徴的で、優勝を目指し1年で結果を出さなければいけない中で素早くフィットできる人材を確保したいという意図があったかもしれません。他にはバックラインの強化をかなり意図していたのが伺えます。左利きの知念、そして年齢的にも岩波ともろにかぶる犬飼の獲得はショルツを中心に、よりビルドアップを強化していきたい(リカルドのサッカーを根底から追及したい)という意図が色濃く出ています。

 結果としてスカッドは上記のような形に。2021年シーズンを見たあとだからかもしれませんが、めちゃくちゃすっきりしていてポジションのバランスが取れています。シーズン中の選手入れ替えは行われず、リンセンを獲得したのみでした。利き足のバランスも良く、2020年の雑然としたスカッドと見比べれば一貫した編成の威力がわかります。2列目の破壊力もモーベルグを獲得したことでしっかりケアされています(実際の稼働率は十分とは言えませんでしたが)。

 一方で補強と編成の課題が尽きることはなく、2022年シーズンもいくつかの課題がチームの戦いぶりに影響を与えました。

 結果論ですが、迷走したのはやはりボランチ、トップ、そしてSBの人選だったかなと思います。ボランチの肝として岩尾を獲得したのはかなりアイコニックで、シーズンを通じて出場分数4位(これは完全に出ずっぱりだった西川、ショルツ、岩波の次で、新加入選手1位)と大黒柱として活躍した岩尾でしたが、彼の加入と活躍によって中盤の底に入るタイプのボランチを持て余してしまったのは編成上の不都合だったかなと思います。柴戸、平野、安居が岩尾に次いで同じ役割を得意にする一方で、ボックストゥボックスで前に出る8番タイプのボランチは敦樹のみ。結果的に敦樹が岩尾に次ぐチーム5位の出場分数を確保したのは敦樹本人にとっては素晴らしい経験になったと思いますが、チームとしては敦樹のコンディションに全体のパフォーマンスやダイナミズムが引っ張られる傾向があり、かといって敦樹の役割を誰も代替できないという困った状況も生まれてしまいました。リカルドがそうしたように形を重視するのであればポジションというくくりではなく役割でスカッドを編成する必要があったし、リカルドに素早くフィットすることを期待して岩尾を獲得したのなら岩尾の後ろに3枚選手が控えている編成はどこかで解消すべきだったような気がします。

 トップの人選についてはいろいろなところで指摘されている通りで、開幕時点でコンディション不良のキャスパーと木原のみのスカッドは優勝争いを考える上では非常に苦しかったと思います。編成的にはシャルクをトップに考えていたのかもしれませんが、やはり仕事量の多さに対応しきれていない感がありました。そもそもシャルクについてはボールコントロールやプレーの連続性の部分で細かい展開が連続するJリーグに向いていないような印象があり、事前のスカウティングでJリーグ適性を評価しきれていなかった感がありますが。というわけで、前年終盤に江坂の0トップを開発済みだったのと、リンセン獲得時に以下のようなコメントもあったのでリカルドを含めた総合的な判断だったとは思いますが、結果的に2020年から続く「軸となるトップの選手の獲得」という課題を目標年度まで引きずることとなってしまいました。

(西野TDに質問です。今季のメンバーリストを見たときに最前線でプレーできる選手の人数が少ないと多くの人が感じていたと思うが、リンセン選手はできれば1月の段階で獲得したかったのか?それとも戦っていくなかで今このタイミングで欲しいということになったのか?)

「難しい質問ですね。昨年の夏から追い続けていました。この冬のマーケットで違う選手を獲得するか、この夏にリンセンを獲得するかという難しい決断がありました。結果的にリンセン選手を夏に獲得するということを冬に決断し、本人を含めた交渉を続けてきました」

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 このコメント、前年夏の移籍で2022年に勝つための戦力を整えたことと若干矛盾するような気がします。リンセンの他には結局広島に加入したピエロス・ソティリウの名前が出ていましたが、浦和がどちらか選べる状況だったのであればわざわざ夏までリンセンを待つ決断はどうだったのかなと思ってしまいます。合流直後の怪我がなかったとしても夏にリンセンが加入して間に合った感じはなかったですし。単純にソティリウを選ばなかった理由があったんでしょうけど、結果論としてはトップの補強が遅れたことはシーズンを難しくしてしまいました。そもそも幅広く重いタスクをこなせる仕事量の多いトップの選手というのはなかなかいないのですが、それをしっかり確保していくことこそ編成の役目なわけで、この点は後回しというか最後まで課題として残った感があり、それが3年計画の進捗にもろに響いた形になりました。

 SBについては単純に怪我やコンディション不良で起用できない選手が多かったし、そうした状況を解決するのも監督の技量のうちだと思っているので全てを編成の責任を追及するのは無理がある気もしますが、結果的にはリカルドが2022シーズンの序盤にこだわったSBを前線にあげて前の5枚に組み込むサッカーをやるにあたって適任者を用意しきれなかった感はあります。酒井のプレースタイルは後ろから勢いをつけて上がっていく迫力を活かすのがベストなので最初から前の5枚には組み込めないし、我慢して使うことになった宮本も明らかにシャドーの仕事には困惑していました。馬渡はかなり上手くやっていたと思いますが、馬渡が期待通り稼働できない状況を解決する戦力を保有できていたかと言うとそうではなかったねと。結局リカルドはSHとして決定的な仕事に関われていなかった関根のSBへのコンバートをシーズン後半に摸索していましたが、これこそリカルドは早い段階で前、内側で仕事ができるSBが欲しかった証明になるような気もします。マリノスであれば小池龍太、川崎であれば山根や登里のようなタイプのビルドアップに関わりつつボールが前進した後は前線で前の5枚・6枚を構成できる選手というのが、軸になるトップ、敦樹の競争相手とともにリカルド・レッズに欠けていたピースというのが個人的な感想です。

 ということで補強についてまとめると、全く動けなかった2019年オフ・2020年夏、大きな入れ替えを行った2020年オフ~2021年オフまで、スカッドが整理できた2022シーズンと分けられると思います。全体をみれば、その時々で仕方のない放出や獲得失敗があったとはいえ、うまく編成を行ったと思います。FWが間に合いませんでしたが2022シーズンの最終的な編成のバランスは悪くなかったですし、なによりスカッドの再編成を進める過程で選手の評価基準を新しくし、コストパフォーマンスを高められたであろうことは特筆されるべきことだと思います。

 課題としては、そもそもこのバランスの良いスカッドをさらに高めていくのは今後難しくなるだろうということがまず思いつきます。上手く選手が活躍して海外移籍となり、その穴をさらにポテンシャルの大きな選手で埋めていくことができれば理想ですが、実際にはなかなか放出が難しくなる(=スカッドの流動性が低くなる)んじゃないかというのが今の想像です。まあそもそも浦和はリーグ内の立ち位置からして商売上手にはなれないので、その辺は割り切って満了放出すればよいのかもしれませんが。次に、3年計画の反省を活かすという意味では絶対的に軸となるトップ、特に仕事量を多くこなせる前線の選手を最低2名は確保し続けたいところです。どんなサッカーをするにしても現代サッカーでは需要が高いし、何よりフットボール本部のコンセプトの実現には点を取るだけではない9番が必要になると思います。ここは監督が誰であれかなり気合を入れた方がいいポイントのように思います。あとはポジションというよりはその選手の得意な役割が何か、という視点で編成バランスを整えていくというのが持続的な強化には必要かもしれません。直近ではやはり敦樹の競争相手、ボックストゥボックスをダイナミックにこなせる選手はもう一人必要じゃないかと思います。SBもできればいろいろなタイプを揃えたいところですが、このあたりは監督とのコミュニケーションの中で半年・一年かけて狙いを定めていくことになるのかもしれません。

 最後に、単純な戦力という意味ではなく、トップチームの選手をひとつのグループとしてみたときに、ベテラン、グループのリーダーを任せられる選手をどう確保し育てていくかという部分はフットボール本部の課題になったのではないかと思います。戦術的なマッチングの悪さから槙野や宇賀神を放出することになったのは理解できますが、ベテランの役割、リーダーシップの部分を西川に一任したのはかなり荷が重かったと思います。GKはやはりFPとは同じ目線になれないし、ピッチの端っこから全員を鼓舞するにも現実的には限界があるはずです。西川の性格的にも熱く引っ張っていくというよりは後ろからしっかり支えていくタイプでしょうし、多くの選手が変わる中で苦しいときにチームを焚きつける役割が足りていなかった印象は否めません。そうした不安もあって2022シーズンは岩尾を獲得したのでしょうけど、本人こそが浦和との融合に非常に悩んでいたというのが現実でしょうし、精神的な部分で優勝を争えるほどのグループができていたかというとできていなかったという結論になると思います。この点はおそらく今後も簡単には解消されないはずなので、現時点で在籍期間の長いFPである関根や柴戸に期待されていくのかもしれませんが、そういえば圧倒的な経験と浦和レッズへの熱い思いを併せ持ちチームを焚きつけるプレーと基準の高さを示せる選手と「必ず帰る」と約束したような………

5.3    持続的な強化のためのインフラ整備はできていたか?

 「持続的な強化のためのインフラ整備」というとなんのこっちゃという感じですが、要は浦和レッズの様々な取り組みが属人的にならないように、必要なシステムや機能をクラブに導入できたか?ということです。これは、「3年計画」に留まらない浦和レッズの強化という意味ではこの点は凄く重要です。例えば今の土田SD・西野TD体制がいつか終わるときに、後任の人がまた全然違う考え方を持ち込むのはどうかと思うし、もっと言えば忌まわしきナントカ修n(ただし、nは任意の漢数字とする)みたいな人がきて全部ぶっ壊されたら最悪です。まあそんな人が要職についてしまったらインフラ整備をしたところで止められないんですけど。まあとにかく、「3年計画」の期間中にどんなインフラ整備が行われたかについてみていきます。

 Wyscout Scouting Arena

 浦和レッズのテクニカルディレクター、西野努氏によれば、以前は才能ある選手を見つける方法として、主にエージェントに依存する傾向にありました。 「エージェントは海外のサッカー選手との契約に関して非常に強みを持っていますが、エージェント自身のビジネス上の利益を追求しています。」と西野氏は語ります。 「クラブとして、オファーのあった選手を私たち自身で評価し、その選手が私たちのチームを強化してくれるのかを確かめ、そしてデータで裏付けた最終決定を行いたいのです

jp.hudl.com

 まずはWyscout Scouting Arena。世界中の試合や選手の映像を見られるサービスとしてWyscoutはサッカー界では結構有名ですが、Wyscoutを提供するHadlのクラウドサービスですね。要はWyscoutの選手データをサービス側でパッケージして提供してくれて、それをスカウティングチームで共有してクラブ独自に評価できますよという話だと思います。浦和ファン的に面白いのは西野TDが「以前はエージェントに依存する傾向にあった」とぶっちゃけていることですが、もう一つ面白いのは以下の部分です。

 「まず、ポジションごとに浦和レッズの選手プロファイルを設定しました。次に、そのプロファイルに基づいてスカウトスタッフがビデオを視聴し、最終的にその情報はクラウドを介して簡単に共有されるのです。現場へ視察に行った後にも、このスカウティングエリアにレポートを作成しています。」と西野氏は説明しました。「Wyscout Scouting Areaはコミュニケーションツールでもあり、選手についての考えを共有し、それをビデオで裏付けて、チーム内でディスカッションを始めることができます。」

 ここでいう「浦和レッズの選手プロファイル」というのは要するに「浦和レッズ的にはこのポジションならこういう選手を評価したい」ということでしょうね。もっと別の言葉で言うなら「浦和レッズとしてはこのポジションはこういうことができる選手を集めたい/探したい」になるでしょうか。このあたりのプロファイリングを監督に依存し、選手探し、獲得交渉を代理人に依存していたのが以前の浦和の姿だと思うと、わりとびっくりしますね。そりゃ「クラブの主体性」がキーワードになるよなと。それでも選手が獲得できていたし、良い選手も獲れていたというのがまた怖いところですが。ともかくこのようにしてクラブが選手選考の基準を持ち、それをもとに選手の情報を得るツールを手に入れ、スカウティングチームで情報を共有しながら選手発掘・獲得を進められるようになったというのが重要なポイントです。インフラがあればそれでいいわけではないですが、こうしたインフラはしっかり運用・維持できていれば「高く評価したが実際はハマらなかった選手」のデータも集まって将来の教訓になるでしょうし、せっかく導入したなら長く使ってみてほしいところです。

 ちなみに、ファンの立場でもこの「浦和レッズの選手プロファイル」を持てていればクラブがどんな選手を狙うのかは結構推測できます。探すものがわかっていればそれっぽいものを見つけられる、という言い方でもいいかもしれません。まあもちろん監督が変われば多少は探すべきものも変わるし、もしくはその時の編成にも影響されるでしょうし、クラブとしてもいろいろと経験を積み上げて「プロファイル」自体がアップデートされていくでしょうから、完璧に追いかけるというのは難しいのですけど、やってみると面白いのでお勧めです。

 TwentyFirstGroup

 Working closely with the club’s technical director, we built a model to capture the club’s playing style requirements so they could assess target players and head coach candidates.

(クラブのテクニカルディレクターと緊密に連携し、クラブのプレースタイルの要件を把握するモデルを構築し、ターゲットとなる選手やヘッドコーチ候補を評価できるようにしました。)

www.twentyfirstgroup.com

 こちらは選手や監督のパフォーマンス評価にデータ活用をしようという話ですね。このTFGというのはいわゆるコンサルで、サッカーならサッカー、他のスポーツなら他のスポーツに関連するビッグデータを持っていて、それを元にデータをごにょごにょしたり評価モデルを作成したりいろいろやってくれるみたいです。Wyscout Scouting Arenaでは実際のプレー映像や生のプレーデータを取得・共有できるようになっていましたが、こちらはより定量的な評価を行うツールとして使っている感じでしょうか。あまり多くの説明は書いていないのですが、気になるのは以下の部分です。

IMPACT
Following our analysis on the club’s shortlist of candidates, Urawa Reds hired Ricardo Rodriguez as head coach in December 2020. They also followed our advice on which weaker-performing international players they should release, in order to improve results for the 2021 season.

(インパクト
浦和レッズは、候補者リストの分析に基づき、2020年12月にリカルド・ロドリゲス氏をヘッドコーチとして採用しました。また、2021年シーズンに向けて成績を向上させるために、成績の悪い外国人選手を放出すべきとのアドバイスも参考にしました。)

 リカルド招聘の際にもアドバイスを活用していたんですね。おそらくいろいろと候補がいる中で、当時の浦和の課題感に対する得意分野や戦術の傾向がマッチするというアドバイスが出たんでしょうね。ただ、これまでに議論してきた通り、僕は個人的にはリカルド招聘はフットボール本部のコンセプトを実現するのにベストな選択肢だったとは思いません。結局フットボールは足し算ではないということなのですが、このあたりは「データや評価モデルをどのように活かしていくか」という意味で今後積みあがればいいのかなと思います。最終的には全部できるチームが最強だし、予算さえあればそういう方向で監督を選ぶことになるはずなので、結局は指導力とか決断力とか、データ化しにくい部分で決めることになりそうな気もしますが。そもそも編成・コーチング体制・選手の責任をどのように分解して「監督のパフォーマンス」というのを定量化するんでしょうね。これには単純に興味があります。

 ちなみに、選手評価にはこうした一定の評価モデルを構築しておくやり方はすごく役立つと思います。吐き出されたものに納得感があって、評価モデルを意思決定に反映させる手続きが組織の中にインフラとして構築されていれば、極論、担当者が変わっても一定の質が保たれるわけなので、持続性と言う意味では強力ですね。

 Transfer Room

www.transferroom.com

 こちらは西野TDが『Jリーグ新戦術レポート2021』で活用していることを明かしていたサービスで、クローズドなクラブ間ネットワークみたいです。売り出したい選手のプロファイルを作ってプラットフォームに流すと、登録しているクラブのダイレクターが直接それを確認してそのまま直接話が出来るということですかね。登録しているクラブが全て明かされているわけではないですが、メガクラブから各国の有力チームが結構揃っている印象です。このサービスは英語ベースなので日本のクラブには結構ハードルが高そうですが、地理的にも人脈的にも欧州・アフリカ圏とのコネクションが限られてしまう日本のクラブにこそ必要なものという気もします。実際、コネクションづくりを目的にしたオンライン会合もあるようで、浦和もこうしたコネクション作りがこのサービスを使っている目的の一つのような気がします。フットボール本部体制以降欧州からの獲得にこだわっている浦和レッズさんですが、このあたりの欧州コネクションは将来的に結構武器になりそうな気がします。観客者数で言えばすでに欧州中堅国のリーグより規模が大きくなってきていますし、少子化と言えど人口規模から言えば成長余地もそこそこあります。徐々に競技レベルへの偏見が取り払われれば欧州中堅レベルの選手は今後も結構流れてきそうですし、しばらくはJリーグは欧州から監督を輸入せざるを得なくなるはずなので、監督との親和性という意味でも欧州の選手を狙っていくのは理にかなっている気がします。

 欧州サッカー界とのネットワーク強化

 最後はアナログですが、欧州のプロスカウトとのネットワーキングも意識して構築していると『Jリーグ新戦術レポート2021』のインタビューで明かされていました。主に浦和OBを軸にネットワークを広げているようですが、これもTransfer Roomと同じで欧州とのネットワーク構築が肝なんだと思います。こうやってみてみるとフットボール本部はマネジメント面で欧州意識が非常に強くなったと言えそうです。この流れが面白いのは今獲得している欧州出身選手が今後浦和レッズのアセットになってくれるかもしれないということですね。どの選手もいつかはクラブを離れるわけですが、正式にクラブとの繋がりがなくなったとしてもスカウティング面で情報をくれるとか、そういうゆるい繋がりを維持できていると今よりもさらに安定して質の高い選手を確保できそうですし、ミスマッチングも予防できそうです。そうして浦和に良い感情を抱いてくれるOBを欧州にどんどんばら撒いて行けば、それがまた将来浦和に返ってくる…そんな感じで積み重なると良いのですが。

 海外とのネットワーキングと言えば、フットボール本部の創設と「3年計画」に先駆けて、2019年にフェイエノールトと戦略的パートナーシップを締結しており、キャスパー獲得の際にメディカルチェックをフェイエノールトの施設で行ったことが話題になりましたが、各国の中堅~上位クラブとのこうしたパートナーシップも今後増えていくのではないかと思います。実際に2022シーズンは長谷部繋がりでフランクフルトとも同様にパートナーシップを締結しましたし、徐々にこうした関係を強めていくことにも期待したいところです。

【マルクス クレッシェ スポーツ執行役】

「今回、私たちが浦和レッズとパートナーシップを結んでいますが、スポーツ面だけではなく、さらにサッカーという科学の面、指導という科学の面に関しても、いろいろな情報交換ができればと思っています。関心があるのは、それぞれのチームにとってどのように若い選手を育成しているかということがあると思います。レッズのみなさんがどうやって選手を育てているか、また私たちがどうやって選手を育てているか、お互いに情報交換ができればと思います。さらにレッズとの関わりを通して、ぜひ日本市場を見てみたいと思っています。また、日本の若い選手たち、タレントのある選手たちがたくさんいますが、そういった選手たちが将来ドイツに渡ってプレーしてくれるようになってくれたらと思います。選手に限らず、監督やコーチとの情報交換、また経験の交換という形もあったらいいと思います。お互いにとって利益になる形でいろいろなことができればと思っています。また、サッカーというスポーツはいろいろな形で発展していきますが、それに対していろいろなことをこのパートナーシップを通してできればと思っています。私たちにとって非常に貴重なパートナーシップを結べたと思いますし、長い期間、続いていくことを願っています」

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 だらだらと振り返りましたが、まとめます。まずコーチング体制が適切だったか?についてですが、これは今後に向けて改善の余地があるし、改善されていくと思います。少なくとも監督選びの迷走感はスコルジャ招聘によって一定の解が出るはずです。個人的には、当初の「速く・激しく・外連味なく」路線に回帰していくのではないかと予想しています。ただそもそものコンセプトにも若干の修正が入りそうな気もします。いずれにせよ監督選びについては不本意ながらフットボール本部にノウハウというか教訓が積みあがったと言えるので、それをどう活かすかが重要なのではないかと。加えて、コーチングスタッフの強化はぜひお願いしたいポイントで期待しています。浦和レッズらしい選手を内製的に育てていけるのが理想ですね。

 補強・放出といった編成オペレーションについては、いくつかの明確かつずっと考えていかなければいけない課題はあるものの、概ね良いオペレーションが出来たと思います。特に選手の評価軸が改善され、スカッドのコストパフォーマンスが向上したと言える部分は大きかったかなと思います。とはいえ補強の打率自体が7割8割になっていくのは難しく、また監督や他選手とのシナジーもあることなので、今後もじっくり成果を見ていく必要があるのかなと思います。加えてここ数年はかなりテクニカルにスカッド編成を行ってきた半面、選手間のリーダーシップを誰に任せるかというウェットな部分が弱まっている感じもするので、それをどう補っていくかも重要な課題になりそうです。
 最後に強化体制を持続的なものにするためのインフラ導入ですが、これは非常に精力的に取り組んでいて、組織の仕事のやり方自体が大きく変わったのだろうと想像できます。こうした取り組みがうまく積みあがることが前提ですが、フットボール本部がこうした正のスパイラルを回していけるようになれば、それ自体がフットボール本部体制を守ることになるし、そうしてクラブが持続的な強化を続けていくことを期待しています。

 

続く。

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