96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する

はじめに

浦和レッズの「3年計画」は失敗に終わりました。3年前に高らかに宣言した2022シーズンでの優勝は夢と終わり、優勝チームである横浜Fマリノスとの勝ち点差は29。シーズンで一度も優勝争い(3位以内)に絡むことすらできなかったのですから、ACL東アジア地区で死闘を制し決勝進出を果たしたことも、リカルド監督の下でこれまでの浦和よりもモダンな戦術を浸透させたことも、ましてやコロナや怪我による選手離脱で苦しんだことも言い訳にはなりません。

そもそも、2019年末にフットボール本部体制の発足と土田SD及び西野TDの就任が発表され、「3年計画」が宣言されたときから、この取り組みへの反応は芳しくありませんでした。一部のサポーターは即座に横断幕で「3連覇」を要求し、そこまで過激な要求をしなかった多くのファン・サポーターたちも様子見、結果次第で受け入れるかどうか決めるといった姿勢でした。

加えて、2022シーズンを以てリカルド監督が退任になったことも「3年計画」の在り方や取り組みへの疑問を噴出させたかもしれません。「3年計画」は継続的な取組であると言ったはずなのに、ここでリカルドを切ってよいのか?リカルドの3年目に期待が出来たのではないのか?そもそも大槻さんに監督を任せた2020シーズンは「実質0年目」で、2023年シーズンを「3年計画の4年目」とすることがフットボール本部の目論見だったのではないのか?そもそも「n年計画」といった時限付きの計画自体が実行不可能なもので、最初からそんな自縄自縛的構造で取り組んだことが間違いではないのか?フットボール本部そのものが能力不足だったのではないか?J2から選手を獲っても優勝は出来ないのではないか?ごちゃごちゃ言ってないで結果出せ、とりあえず土田は辞めろ…などなど。マクロなものからミクロなものまで、約束した結果が出なかったことで様々な厳しい問い・批判に晒されてしまうのは仕方ないと思います。

実際のところ、「3年計画」に意味はあったのでしょうか?こんな面倒なこと、やらない方が良かったのでしょうか?そんなことを、僕なり考えていきたいと思います。

構成

先に断っておきます。書きたいだけ書いたらめちゃくちゃ長くなりました。読みにくくて申し訳ないです。申し訳ないですが、書いてしまったものは仕方がない、なぜならこれは僕のチラシの裏だから。なので、このまま出します。ただせめてガイドになるように、全体の構成をお知らせしておきます。好きなとこだけでいいので暇なときにでも読んでください。

1.    はじめに
2.    構成
3.    浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【時系列編】
  3.1.    2019年オフ~2020年シーズン
  3.2    2020年オフ~2021年シーズン
  3.3    2021年オフ~2022年シーズン

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4.   浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【現場編】
  4.1.    適切な戦術を採用したか?戦術は浸透したか?
  4.2.    選手起用は正しかったか?
  4.3.    選手は期待通り成長したか?

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5.    浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【強化・マネジメント編】
  5.1.    補強・放出は適切だったか?
  5.2.    トップチーム運営は適切だったか?
  5.3.    持続的な強化のためのインフラ整備はできていたか?

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6.    浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【戦略編】
  6.1.    そもそもサッカーの定義が合っていたか?
  6.2.    適切な組織体制だったか?
  6.3.    この取り組み自体が正しかったか?

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7.    浦和レッズの「3年計画」およびフットボール本部とガチ対話する【その他・あとがき編】
  7.1.    メディア・コミュニケーション
  7.2.    サポーターの理解と関わり
  7.3.    全体を通じての感想(独り言)、そしてあとがき

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言いたかったこと

びっくりすると思いますが、全部で新書一冊分くらいの文字数があります。なので、以下になるべくかいつまんで書いていることをまとめておきます。これだけ読んでくれればOKです。ありがとうございました。

【時系列編】
  • 2019年12月12日、浦和レッズのフットボール本部体制が始まった。フットボール本部はトップチーム、レディースチーム、アカデミーまでの各カテゴリーを全て所管し、その中でもSDとTDはトップチームの強化を専門に扱う。
  • 土田SDが示した「キーコンセプト」と3つの「チームコンセプト」、すなわち『個の能力を最大限に発揮する』、『前向き、積極的、情熱的なプレーをすること』、『攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレーをすること』への共感がどの程度だったかわからないが、新体制への船出が大きく歓迎されたとは言い難いのも事実だった。特に大槻監督の続投には、浦和での2度にわたる「暫定監督」以外はトップレベルでの監督経験がなかったので、ファン・サポーターとしては内容面への期待ができないことや経験不足を理由に、「優勝を狙うのにこの監督でいいの?」というリアクションになっていた。
  • とはいえ、大槻監督はキャンプを経て、前年とは全く違ったチームおよび戦い方を構築した。土田SDの示したコンセプトに『攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレーをすること』とあった通り、4-4-2をベースにしたプレッシングおよびゾーンディフェンスの導入がその根幹で、さらに大槻監督は「主体的にプレーすること」をキーワードとして強調し、チームカラーの大きな転換を図った。
  • ただ、大槻体制は選手への負荷が大きくシーズンを戦い抜くのが難しいやり方だった。
  • 初年度を勝ち点46の10位、得失点差-13で終える。フットボール本部は後任にリカルド・ロドリゲスを招聘。
  • 実際には、一部報道に上がったように大槻⇒チョウキジェ氏のバトンタッチを当初から計画していたと思われる
  • 一方で、コンプライアンス上の問題があって(もしかすると、クラブそのものよりもスポンサーからのヘジテーションがあったのかも)チョウ氏を招聘できなくなかったとすると、次点の候補があまり揃っていなかった可能性がある。
  • 大槻監督の後継としてチョウ氏への監督打診が報道されたのは2020年11月初旬(4日)だが、その直後にクラブ外部(スポンサー企業等)からの懸念やある種の圧力を受けてチョウ氏から次点候補への鞍替えの意思決定をせざるを得なかったとすると、クラブが土田SDの休養を発表した11月20日という時系列は無視できない。考えていた最高の候補者を招聘できなくなったその時には既に土田SDは職務を遂行できる状況になく、更に次点の候補者は不在か決め手なしという状況で、戸苅本部長と西野TDによって後任の選定が行われた可能性がある。
  • リカルド就任に伴う大量放出・大量獲得を行った2020年オフだが、どうも選手獲得の路線が統一できていなかったように思われる。
  • もしくは、単にフットボール本部の積極的な意思としてハイブリッドなスタイルを実現するためにプレッシング寄りとポゼッション寄りの選手を意図的に両方獲得しておいたという見方もできるかもしれない。
  • リカルド初期の自陣からボールを繋ぎつつ相手が前に出てきたスペースをSHの選手やキャスパーが爆走して一気に相手ゴール前に迫るこの頃のサッカーは純粋に魅力的であり、後から思えばこの時期のサッカーがフットボール本部の目指した「ハイブリッドスタイル」に最も近かったと言えるかもしれない。
  • 2年目の2021年シーズンは勝ち点63(38試合)の6位、得失点差+7。成績は向上したが、上位4チームの得失点差が軒並み+20以上、神奈川2チームにいたっては+50前後にまで到達しているのに比べ、浦和は7。特に得点数で上位2チームと40点近い差をつけられ、一般的な優勝ペースからも程遠い45得点という結果が2022シーズンに掲げる優勝の公約への焦りを加速させたような気がする。2018シーズン以来の天皇杯優勝とACL2022への出場権獲得で阿部ちゃんを送り出すという美しい終わり方の裏で、圧倒的な攻撃力への課題感は大きかったのではないか。
  • 2021年のオフはリカルドのサッカーへの親和性の薄い選手を思い切って放出し、よりビルドアップ耐性の高い選手をスカッドに集めようとした意思が読み取れる。総合すると、2020年オフとは打って変わってフットボール本部の意思として彼らのいうポゼッションスタイルへの傾倒が感じられるオフとなった。
  • 2022年は二つの大きな課題にぶちあたった。一つ目はこのチームの戦い方が見付けられていなかったことで、後半戦ほぼ固定だった敦樹・岩尾コンビがなかなか固まらず、リカルドの目指すゲームコントロールと質的・量的に十分な前線への選手配置という部分で問題を抱えていたことが推察される。もう一点は前線の組み合わせに関するもので、江坂が0トップのような形で中盤に降りつつチャンスメイクをする形で戦いつつも、それ以外の選手、つまり中盤前目の選手たちの得点が伸びなかったことが挙げられる。
  • リカルドのサッカーがゲームをコントロールし失点リスクを減らしつつ攻撃していく、つまりある種の均衡状態を意図的に作り出したうえで自分たちだけ勝とうとするやり方を取る中で、彼らがそんなに都合の良い結果をもたらしてくれるだけの選手であったのか?という疑問には向き合わなければいけない。
  • 20節以降、リカルド・レッズは「自ら作り出す意図的な拮抗の中で都合の良い結果を引っ張ってきてくれる個の力」をモーベルグ・大久保の二人に見出し、安定したゲームコントロール+得点力という難しい課題を一時的に乗り越えることができていた。また松尾をトップに据える戦い方を取り入れたことで一気に安定して質の高いゲームができるようになった。しかし、この時点ですでに20節を消化していた。
  • ACL全北戦の激闘後、合計7名が新型コロナウイルスの要請判定が出たことでチームにはかなり大きなダメージが出た。全北戦後に4日連続のオフを与えたリカルドの判断は結果的にデメリットが大きくなってしまった。オフのせいで陽性判定者が出たとは言えないが、明確な区切りをつけたことで2ヵ月間の流れを切ってしまった感じはあった。
  • ルヴァンカップ準決勝第2戦を落としたダメージは非常に大きかったと言える。ゲーム開始直後の噛み合わせが全くハマらず、それを修正できなかった点と、成績上のライバルクラブであり現行監督がリカルドよりも遅く就任しているセレッソに、今季の浦和が得意としていた4-4-2⇔4-3-3可変で完成度の高いゲームを披露された。これによってクラブ(フットボール本部)は「結果はともかく、リカルドはチーム作りをよくやっている」という現状維持方向の評価を続けにくくなったと思うし、チーム内部でも最後に残されたタイトルを失ったことでリカルドのやり方への信頼というのが揺らいでしまったのではないかと感じる。正直、この時点でチームの結束は失われていたというか、リカルドの求心力という部分で修復不能な状況が生まれていたのかなという印象。
  • やはり全体としては引き分けが多すぎ、リーグトップの15もの引き分けを積み上げている。得失点差がリーグ4位であることを踏まえても序盤の7連続引き分けやACL後に失速してしまった時期に苦しんだのがこの成績の要因で、スカッドが持つ強さを発揮する形を早く見つけられなかったこと、そしてその形を維持できなかったことが大きな課題であった。

  • 大きなところで言えば、短期的にでも優勝ラインを超えるペースのゲームが出来ていたのは2021年の夏前および秋ごろと2022年の夏ごろしかない。順位が順位なので当然だが、優勝争いをするほどの最大出力を出せていなかった、出せても維持できなかった。
  • リカルドが退任時に言っていたように、今のJ1リーグはこうしたベースが無ければ、爆発力だけでは優勝できないようになっているということかもしれない。それはつまり、強豪チームが固定化する予兆がすでに出ているとも言える。
【現場編】
  • 大槻体制の最大の課題は「相手を休ませないプレー」の部分であった。対戦相手との実力・完成度の差はもちろんあるが、例えば4-4-2のSHをWB的に最終ラインまで下げることで5バック化しゴール前を固める戦術を採用した2020年第10節ホーム広島戦(1-0)などは、どちらかというと「こちらが休めないプレー」という感じだった。
  • また、大槻監督の目指すサッカーや対戦相手の分析重視の戦い方の設定手法が、当時の選手たちに受け入れられなかったことは大槻監督にとっては仕事を難しくした要素だった。槙野がコメントしたように「僕たちは今リアクションサッカー」という言葉が出るのはミシャ・レッズの戦い方と美学からすれば理解はできるものの、より抽象的な部分で違うやり方で主導権を握ろうとしているという部分がチームに浸透しなかったのは残念だった。
  • 再現性のあるボールの動かし方、崩し方、決定機の創出が出来ないという部分がさらにボール非保持の時間を長くし、ボール非保持の時間が長すぎれば激しくプレッシングにいくこともできず、総合して防戦一方の印象を与えるというスパイラルがあった。こうした物足りなさがポジショナルプレーを導入したいという思惑を強め、リカルドを招聘した要因の一つとなった。
  • 一方でリカルド体制でどれだけ「攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレー」ができていたかというと難しいところ。結果的に自陣ボール保持率は2020年から2022年にかけて大きく向上(Football LABのチームスタイル指数で46→67、ちなみに2022年の67はリーグの最高値)したわけだが、これによってどれだけ「相手が休めな」くなったか、というとうーんとなる。
  • 「平均的なプレーエリアが低くなった」ことについては要素を大きく2点に分解できると思います。一つはボール保持に人数をかけ過ぎていたこと(自陣ボール保持のフェーズで多くの時間を使い過ぎてしまったこと)。もう一つは失敗リスクを回避するプレー選択・志向がチームに蔓延してしまったこと。
  • 仕掛ける回数に比してやり直しの回数が非常に多かったこと、その割にサイドチェンジの回数が多くなかったこと、個人で相手を外し相手の守備組織にヒビを入れるプレーがなかなかでなかったことなどが影響し、ボールを下げてボール保持の形を整えようとした結果、ビルドアップの局面に自分たちからまた戻り、改めて後ろに人数を必要としてしまうという構造があった。こうしたやり直し・繰り返しを通じて、2022年シーズンはリーグ屈伸のチャンス構築率(12.1%、リーグ2位)を誇ったものの、こちらが確立の高い攻め手を模索することに時間をかけるあまり、相手はブロックを敷いて構えていれば最も危険なところはケアできてしまう、という現象がリカルド体制のサッカーの典型であった。

  • 2022年シーズンのシュート成功率は10.1%でリーグ8位となっており、2020年~2022年の3年間で最低。
  • 全体的にリカルドの考え方は、試合をコントロールしたい⇒失点・失敗リスクを排除したい⇒相手の強みを消したいという思考回路からくる相手に合わせた撤退守備と、試合をコントロールしたい⇒ボールを保持したい⇒ボールを失うリスクを排除したいという思考からくるやり直しの2点に多くのリソースを使い、結果的にピッチ上に相手との安定した拮抗を作り出すことには長けていたものの、それを自ら打破して勝利をもぎ取るところまでは至らなかった、そして、こうしたリカルド志向に沿ったチームを成熟させるにつれて、クラブが求める「前向き・攻撃的・情熱的なプレー」との隔たりが顕在化していった。
  • 「採用した戦術はクラブの戦略・目指すサッカーの志向(抽象的概念)を適切に表現(具体化)するものであったか」という問いに対しては、大槻体制ではとくにボール保持面で不十分、リカルド体制ではアプローチが真逆かつ真逆に進む割にはクオリティ不足、という結論にならざるを得ない。
  • 「採用した戦術はクラブの戦略・目指すサッカーの志向(抽象的概念)を適切に表現(具体化)するものであったか」という意味では、大槻体制に関しては、シンプルに得失点差がマイナスというのが頂けない。
  • 4-4-2を基本としたシステムを整備した一方で、CFは監督の求める多量のタスクとは無縁の点取り屋だったし、ボールと逆サイドのSHにどうやって、どの程度スライドをさせるのか、逆サイドのSBによるファークロスへの対応をどう仕込むのか、センターバック同士の距離感をどのように設定するのかなど、細かい部分で過去6年以上にわたって3バックを基本としてきた選手たちの頭の中を整理するのに苦労したかもしれない。
  • ボール保持においては基本的にはプレッシングで奪ったボールを最速でゴールに結びつける速攻戦術(ファストブレイク)を志向していましたが、4-4ブロックを組みつつもファストブレイクにスピードをもって参加できる選手は多くなかった。
  • 大槻体制は新しいコンセプトの浸透という大目標に忠実ではあったものの、戦力を活かすという意味では非常に難しい状況であったし、加えてボール保持の仕組みをうまく仕込めなかったことでゲーム運びの主導権を握れなくなってしまい、選手への負担が非常に大きく、シーズンを走り切り目標を達成するという点では持続性に欠け、適切とまでは言い切れないものだった。
  • リカルド体制では、浦和レッズのボール保持のクオリティは著しく向上した。
  • 一方、2021年はボール保持を大事にすることで攻撃回数が減ったにも関わらずシュート数が増えておらず(質の高いポゼッションができておらず相手を崩せていないこと)、2022年はシュート数が増えた(ビルドアップの質が改善した)にも関わらずシュートを決め切れていない。
  • リカルド体制ではフットボールの質は大槻体制よりも間違いなく改善したが、最終的には押し込んだ相手を破壊するだけの武器を見つけられないままリカルドのゲームモデルを貫き、比較的安定したゲームをするが勝ち切れないというチームへと変貌していった。
  • 総合すると、大槻体制ではクラブのコンセプトに忠実な戦術構築・勝ち方を目指したが、編成との不整合もあり戦い方が安定せず、ハードに戦うスタイルが裏目にでてリーグに結果を出すには至らなかった。その反省からか戦術的な完成度を重視して招聘したリカルド体制では、リカルドの持ち込んだ戦い方が定まりゲーム内容も向上・安定したものの、逆に自らが作り出した拮抗を打破するだけの破壊力を身につけられなかった、そうした武器を活かす形とリカルドの目指すゲームモデルの間で戦力の効率的な活用ができず、結果が出ない中でコンセプトの不整合が浮き立つようになってしまった。
  • 戦力活用と言う意味でいうと、2022シーズンは疑問が多い。新加入選手の多くがプレータイムを確保できていない。特に、既に話題にした通り松尾をもう少し早く組み込めなかったか?という印象は強く、コンディション的な出遅れはあったにしろ序盤~中盤にかけてもったいなかったポイントの一つか。
  • また、選手の特徴を活かしてガラッと戦い方を変えるような部分があまり見られなかった。江坂やキャスパーがプレッシング・ボール非保持の局面での貢献度の低さから最後までうまくチームに組み込めなかったことは2022シーズンに特に顕著だったが、一番上手くて決定力のある選手たちだったので、相手や状況によっては彼らを活かす戦い方を思い切って選ぶような選択肢もあったような気が。
  • またこれに関連して、リカルドはいわゆる大駒選手の扱いに苦労していた気が。江坂、キャスパーがシーズン途中であからさまにチームへの貢献意欲を欠いていたように見えたことが目立ちましたが、酒井やモーベルグも同様に自分のプレースタイルとチームが理想とするバランス感覚との間で葛藤があったと思われる。
  • 選手の成長については、2021シーズンの夏の補強で即戦力を多く獲得したこともあって、リカルド体制では選手の成長をどうこうというよりも、選手をどう当てはめていくかという部分にチームの主眼が置かれていったという印象。
  • とはいえ、情状酌量ではないけれど、背景にはコロナ禍とW杯というイレギュラーな事情によってスケジュールが圧迫され、なかなかトレーニングの時間を確保できなかったことは忘れないでおきたい。
【強化・マネジメント編】
  • 大槻体制の方がフットボール本部の策定したゲームモデルに対する忠実性、ゲームモデルを体現しようとする姿勢において大槻監督はリカルドよりも優れていた。ただし実績はなく、大槻監督で良かったのか?という疑問は理解できる。
  • ではなぜ大槻監督を選んだか?そもそも土田SDのいう「浦和の責任」という言葉から理解する必要がある。
  • 根底には、「サンフレッズ」と言われたミシャの時代を起点として外様選手が増え、彼らが中心を担ってからのクラブ内の雰囲気への危機感があったように感じる。もしくは、ひねくれた言い方をすればそれは土田SDの心の中にある「あの頃」への懐古のようなものかも。
  • その良し悪しは別として、土田SDの理想像である空気感、そしてその空気感をベースにするコンセプトの実現には、土田SDが「浦和を背負う責任」と名付けたものをまず取り戻さなければなりません。この責任概念を現場で植え付ける宣教師としての役割こそが、大槻監督には期待されていたような気が。
  • 「3年計画」の初期段階として、責任概念を含めてトップチームの雰囲気を変え、「あの頃」に近づけていく一歩目を担うことこそが重要であり、戦術的な部分・ゲームモデルの構築はその先の2次的なタスクだったのでは。
  • 大槻体制でベースとなった4-4-2プレッシングという非保持面の武器にリカルドのビルドアップの仕込みを組み合わせようという足し算の発想(=ハイブリット)でのリカルド招聘だったと思うが、サッカーは単純に戦術を足し算すればよいわけではないというのがやはり真理だった気がする。
  • 2年間を振り返ると、リカルドもロティーナに近いサッカー観・志向を持っていると言っていいのでは。もちろんボール保持の部分での作りは多少違うと思うが、全体的には不要なトランジションは避ける、下手にリスクを冒さない志向を感じた。フットボール本部の策定したコンセプトには「リスク」という単語が出てきませんが、全体的にはリスクをある程度許容して勝負しにいく姿勢というのが浦和っぽさなのだと思う。リカルド招聘にあたっては、この点のリスクへの考え方がマッチングの際にあまり考慮されなかったのかなという気が。
  • ポジティブに考えれば、リカルド招聘の2年間をもってそういった要素が重要であるという学びを得たし、それを活かしてスコルジャ監督を招聘したのだと言えるかもしれない。
  • コーチング体制は特にリカルド招聘後野心的に。キーワードは理論とテック。前迫コーチの招聘も成功と言える。
  • 気になるのは、リカルド体制以降のコーチング体制の若さ、経験の無さ、そして絶対的な人数。特に経験面は、J1リーグやACLを戦い抜く、タイトル争いに最後まで絡んでいく、優勝を争うクラブの高い基準を植え付けるという部分でどうだったのかなという疑問。
  • この指導体制と選手たちを比べると選手のほうが明らかに実績があるので、「指導」という言葉をそのまま捉えたときにどれほど「指導」になったのだろうという素朴な疑問が湧いてくる。
  • 2022シーズンはコロナ以外の離脱も多くて、メディカル関係の課題が出たシーズンだった。怪我予防の責任はフィジコ、早期回復、怪我リスクの回避の判断はドクターチームの責任というのが一般的だと思うが、この辺りの原因分析と改善は是非期待したい。特に野崎さんが岐阜に移った影響?
  • 毛色が違うのはGKコーチで、ジョアン体制となった浦和レッズのGK陣の取り組みは各所でレポートされている通り。結果的にこれは大成功だった。
  • 個人的にはこうした技術向上のためのコーチがチームの中にいてもいいような気がする。例えばGKだけでなくFPでもという発想で、FWはFW特有の動きや技術を指導できる専門の技術コーチがいても良い。技術コーチと書いたのは監督をサポートするコーチとある程度役割を分けてもいいのではないかと思うからで、あえて名前をつけるなら技術コーチと戦略・戦術コーチを用意して、役割分担・棲み分けをするようなコーチング体制も面白い。
  • リカルド体制の感想として、いわゆるポジショナルプレーで成功するにはやっぱり選手の質が必要。僕の理解ではポジショナルプレーは「サッカーの正論」をパッケージしたもので、その成功には「自分たちがミスをしないこと」が前提として内在している。各ポジションに必要な技術を持ち合わせなければポジショナルプレーは実現しないし、それはいわゆる個人戦術をどこまで持ち合わせているかも同様。
  • 一方で、浦和レッズを含めて世界の多くのクラブは必要な技術や資質を全て持ち合わせた選手を獲得できない。ういう中で、新卒選手やJ2、J1下位からステップアップしてきた若い選手、実績はあるものの浦和レッズのサッカーに初めて触れる選手に対して、日々のトレーニングで、目指すサッカーに必要な技術を身につけられる・技術を向上させる体制を整備する重要性が高まっている気がする。
  • プロとして生きていく、選手の価値を向上させるための技術や個人戦術を教える役割は少し違う人に任せてもいいのかなと思う。例えばここにクラブに縁のあるレジェンドを招聘してもいいし、ジョアンのように技術体系・指導理論を確立している人を海外から招聘しても面白い。要は監督を補佐する戦略・戦術担当のコーチが決める方向性を尊重できていれば、専門技術は専門家に任せるという考え方でもいいのではないか。
  • 補強・編成について考えると、全く動けなかった2019年オフ・2020年夏、大きな入れ替えを行った2020年オフ~2021年オフまで、スカッドが整理できた2022シーズンと分けられる。
  • 全体をみれば、その時々で仕方のない放出や獲得失敗があったとはいえ、うまく編成を行ったと思う。なによりスカッドの再編成を進める過程で選手の評価基準を新しくし、コストパフォーマンスを高められたであろうことは特筆されるべきこと。
  • 課題としては、そもそもこのバランスの良いスカッドをさらに高めていくのは今後難しくなるだろうということがまず思いつく。今後はなかなか放出が難しくなる(=スカッドの流動性が低くなる)んじゃないかというのが今の想像。
  • 3年計画の反省を活かすという意味では絶対的に軸となるトップ、特に仕事量を多くこなせる前線の選手を確保し続けたい。またポジションというよりはその選手の得意な役割が何か、という視点で編成バランスを整えていくというのが持続的な強化には必要かも。
  • また、単純な戦力という意味ではなく、トップチームの選手をひとつのグループとしてみたときに、ベテラン、グループのリーダーを任せられる選手をどう確保し育てていくかという部分はフットボール本部の課題になったのではないかと思う。
  • 「持続的な強化のためのインフラ整備」もいろいろと進められた。キーワードはデータ活用とネットワーキング。Wyscout Scouting Arena、TwentyFirstGroup、Transfer Room、欧州サッカー界とのネットワーク強化(海外クラブとのパートナーシップ含む)など。
【戦略編】
  • 僕はこの点が「3年計画」の成否や結果よりも大事だと思っているのは、「浦和のサッカー」をクラブが主体的に定義するということ。
  • ただそもそも、「浦和のサッカー」に説得力があるのか?という部分も検証されるべきという意見にも一理あり。「お前たちがそのサッカーを目指すのはわかったけど、俺たちはそれに同意していないが?」という人もいて当然。
  • 悩ましいのは、2008年以降にファンになり、2007年以前よりも2008年以降、特にミシャの時代の浦和レッズの方に親近感があるサポーターも無視できないほどには多くいるということ。正直、そういった人たちにとっては、いくら「前向きに」という枕詞を付けたとしても、守備から入っていくという根本的な出発点にあまり同意できないのではないか?自陣でのボール支配で相手を引き込み、機能的なビルドアップ、敵陣でのコンビネーションからの美しいゴールを楽しんでいた人たちにとって、ネオ「速く、激しく、外連味なく」がどこまで受け入れられるのか?昨今のポジショナルプレーの流行りも踏まえて、必死に取り組んで目指したサッカーを「これが浦和だ!」と感動してもらえるのか?
  • では、フットボール本部は「浦和のサッカー」を書き換えるべきか?実際のところ、フットボール本部は一度「浦和のサッカー」の定義を口頭で修正している。
  • 当初は土田SDが「攻撃はとにかくスピードです」と言い切っていたものを、リカルド就任時の戸苅事業部長のコメントでは「ポゼッションとのハイブリット」という風に説明し直した。これはおそらくリカルド就任に合わせて、当時の課題感に対処するため、リカルド招聘との整合を取るためにこういった言い方になったのだと思うが、これは悪手だった。
  • というか、表現を修正したことよりも、その説明があまりなかったことと、口頭で修正したにも関わらず文言自体は残したことが良くなかった。もし口頭で説明の仕方を変えるだけの危機感があり、その線で監督を招聘したのなら、それも含めて説明して修正すればよかった。
  • 最初の理想像は少し尖り過ぎていたと思い至ったので思い切って修正します!と堂々と言えていれば、多少の批判があってもそれはそれで理解されたと思うし、逆にそうしなかったことで、やっていることに本音と建前が出来てしまったように感じる。
  • こうした苦い経験から学ぶことがあるとすれば「浦和のサッカー」の定義の仕方はもう少し考えようがあるのではないか、ということ。
  • 重要なのは、このコンセプトにいかに説得力を持たせるか、という部分。コンセプトは選択の原則を示すものだが、「そもそもなぜその選択を優先すべきなのか?」という部分がなければ、コンセプト自体が否定されてしまう。
  • 土田SDはおそらく、2007年までの浦和レッズ、特に黄金期のテーゼである「速く、激しく、外連味なく」への回帰への情念(もしかしたらそうした時代へのノスタルジー)をベースとしてこうしたコンセプトを設定したのだと思う。一方で、これまで見てきたとおり、実は今の浦和ファンはそれほどあの時代を懐古していないのではないか?していたとしても、土田SDと同じノスタルジーとモチベーションを持っているわけではないのではないか?という疑問は拭えない。
  • そうすると、「コンセプト」の根拠には、個人の情熱ではなく、ファンやステークホルダー、地域環境も含めたクラブとクラブの周辺全体‐一言で言うと「埼スタの感覚」とでも言うべきものを考慮しなくてはならないのでは。
  • 例えば、ここ2年間リカルドの試合を見ていて、狙い通りの拮抗状態を作り出したものの、試合終盤になっても勝つためのリスクを負わない、試合が動かないタイプのゲームは個人的にはあまり好きではないと気づいた。試合を動かさないタイプの選択を続けるとせっかくの埼スタが冷めていく感じがする。やっぱり熱狂・熱量が埼スタと浦和レッズのアイデンティティなので、だったらリスクをかけてでも試合を動かそうよ、となる。
  • 雑な案かもしれないが、「攻撃はとにかくスピード」ではなく、「ハイブリットなスタイル」でもなく、「強力なドリブラーによる1on1をたくさん作り出す」が浦和のコンセプトでもいいんじゃないか。その作り出し方は監督によってまちまちとしても、こういうコンセプトなら素直にドリブラーにお金をかけるというのもはっきりする。埼スタを盛り上げるプレーを優先するという考え方をコンセプトに取り入れてもいいのでは。
  • 戦略実行体制としてのフットボール本部については、体制が維持され、失敗を分析し、反省を活かし、次のチャレンジに繋がることが本当に大事で、これが担保されればこれだけでフットボール本部体制は半分成功。
  • 一方で、この組織体制を維持していればOKかと言うと、そうはならないのではない。具体的に言えば2点、後継者問題と持続的な強化を可能にする仕掛けが必要では。
  • 後継者対策として、現在のフットボール本部本部体制の中に将来のSD候補を仕込んで欲しい。浦和のコンセプトの根拠・背景として「埼スタの感覚」がふさわしいと考えると、この「埼スタの感覚」を言語・非言語のどちらでも理解できる人が必要。フットボール本部の中で浦和レッズOBの中でふさわしい人を育成していくべきではないか?
  • 持続的な強化を可能にする仕掛けについては、ちょっと夢を語るようなところがあるが、個人的にはトップチーム強化を目的としたセカンド(U-23)チームの設立・運営に思い切って取り組んで欲しい。
  • いいことはいっぱいあるが、大きな問題の一つはコスト。2.4億円くらいが相場だとすると、2022年現在だとトップチームのスター選手2人分の年俸くらいのコストなので、このあたりのB/Cが現実問題としてあるのかも。要は、U-23なんてやったらいいのはわかってるけど、それよりトップチームに人件費を使わないと本末転倒だろ?という感じ。
  • セカンド(U-23)チームの設立にあたっての大きな問題はまだあり、参入リーグの問題とホームスタジアム問題が大きい。
  • いろいろ問題はあるが、売上規模の大きいクラブとして、こうした大きな投資にチャレンジしていくことも日本のリーディングクラブとして価値を高めていくには必要なのでは?浦和レッズのコンセプトを体現する指導者・選手育成の内製化と、登竜門としてタレントプールを広く持ちふるいにかける機能をクラブの中に持っておくことで持続的な強化を可能にし、他クラブが真似したくても真似できない競争上の強みを手に入れたい。
  • 最後に、根本的にこのフットボール本部体制と「3年計画」の取り組みが正しかったかについて考える。重要なのは、
    1.トップチーム強化体制がクラブ経営からある程度独立したこと
    2.トップチームのあるべき姿・方向性をクラブ主体で決めることにしたこと
    3.クラブのあるべき姿・強化の方向性を過去の失敗から導いたこと
  • 現実としては、近年のJ1リーグは強固な基盤の上にタレントのシナジーが揃って初めて優勝争いができる非常に厳しい競争となっており、そうした要素を持ち合わせる川崎や横浜FMとの差を3年で埋めるのであればひとつも間違いは許されないチャレンジだった。にもかかわらず1年目で監督交代、3年目の夏にラストピースのFWを補強する(そして10分で負傷離脱)という感じではきつかった。
  • おかげで「3年計画」は言い逃れできないレベルの失敗となったが、そうするしかなかったという事情はわかるし、やったことでわかったこともある、という意味で全部を否定するものではないかなという感じ。
  • やっぱり浦和の取り組みはフットボール本部体制を作ったこととこの体制を継続して持続的な強化を達成すること自体が重要なので、この失敗をさらに活かすことが求められるし、そういう意味でフットボール本部のコンセプトと戦術の齟齬が隠せなくなっていたリカルドをスパッと切って、よりゲームを動かしリスクをかけるサッカーをしそうなスコルジャ監督を引っ張ってきたのは失敗を活かすという部分で正しいのかなと思う。
【その他&独り言編】
  • メディアの皆さんにもっとフットボール本部を追求して欲しかったという思いがある。【不定期連載】と題された「土田SDが伝える浦和レッズの今」も2020年8月16日と2020年10月9日の掲載以降ついぞ連載されることはなかった。
  • ファン・サポーターのコミットメントを高めるためにも、フットボール本部のパフォーマンスを監視するためにも、今後も続くフットボール本部の取り組みにあたっては、事あるごとにフットボール本部、特にSDにはオモテに出てほしいし、いろんな言葉を引き出してほしい。
  • 受け取る側のサポーターはについては、好きに楽しめばいいと思うけれど、ファン・サポーターが最も影響力を持つのはやっぱり埼スタの空気感を作る部分。コンセプトに関する部分で書いた通り、コンセプトを定めるのはフットボール本部だが、コンセプト自体には共感されるべき根拠がなければいけない。要は、埼スタが好むサッカーを目指すという大義名分がコンセプトの正当性には決定的に重要。つまり、クラブがコンセプト策定の時点でブレないようにするためには、「埼スタが好きなサッカー」をどんどん明確にしていく必要がある気がする。
  • 端的に言えば、好きなプレーにもっと盛り上がること、だんだんとそれが明確になることいいなと思う。そういった盛り上がりやリアクションを通じて、クラブが埼スタの好む浦和のサッカーを理解・定義していく、そしてその実現のために監督を呼び、選手を集め、鍛え、ピッチで魅せる、そういう循環を持続的にどんどん進めていけたら、それこそがフットボール本部体制が目指す姿の実現に繋がっていく気がする。
  • フットボール本部の取り組みと「3年計画」については、たしかに上手くはいかなかったけれど、個人的には非常に多くの学びがあった。サッカーについてもそうだし、プロジェクトマネジメントみたいな観点でもそう。フレームワークが合っていても小さな判断ミスや見込みの甘さ、キーパーソンの離脱、もっと理不尽なところ言えばコインの裏表みたいなところで結果は変わってしまうし、リンセンの獲得タイミングの判断のように、間に合うけれどベストではない選択肢VS間に合わないけどベストな選択肢みたいな究極の決断をしなければいけないこともある。こういう決断を正解にしていくのがプロジェクトリーダーの資質なのでしょうし、長期のプロジェクトを観ていく面白さなのかなと思った。
  • この先は、埼スタが求める興奮を論理的に作り出す取り組みのさらなる推進と、それがゴリゴリ実を結んで埼スタがスペクタクル大量生産工場になるのを期待。