96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

勝利に救われた試合:Jリーグ第21節 vsサガン鳥栖 分析的感想

1勝4敗と厳しい結果になった5連戦が明けて1週間。ホーム3連戦の後は鳥栖→柏と厄介な相手とのアウェー連戦、その後はホームに戻って仙台を迎える日程となっています。

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前節終了時点のリーグテーブルを確認しておくと、浦和はリーグ10位となんとかトップハーフを維持しているものの、得失点差はついに-10に到達し、下から6番目に悪い数字となっています。勝ち点で言えば6位のマリノスが23試合消化で勝ち点34なのでここから巻き返せばこのあたりの順位までは十分狙っていける位置ですが、内容を示す指標となる得失点差の数字を考えるとこの位置につけているのは不思議な現象ということになります。簡単に言えば大敗がある割にそれなりに勝っていて、ただ大勝が一度もないというのが理由で、守備に関してはミスから崩れてしまったり負けてはいけない戦術的なポイントで後手を踏んでしまってチームがバランスを崩すという脆さを見せ、攻撃ではプレッシングでボールを回収するところまでは表現できる試合があるものの、そこから素早く決定的なシュートに至る形が出来ないということと、関連してボール保持からのビルドアップがなかなかうまくいかない、そんな中でも水際の攻防では相手に助けられたり、トップの選手の決定力で少ないチャンスをモノにして勝ち点を拾ってきた、というのが今季の浦和の戦いぶりだと思います。なお後半戦(18節以降)は1-2で勝利した清水戦以降、横浜FCに0-2、FC東京、名古屋に0-1負けが二つ続いて今節を迎えており、少なくともゲームのバランスを失っての大敗はしておらず、前半戦よりは我慢が出来ているという言い方も出来るかもしれません。

鳥栖のほうは消化試合が19試合しかないので相応に勝ち点も少ないですが、得失点差は-7なので浦和よりもマシ、実際ピッチ上の現象を観ても浦和よりもかなりポジティブな印象を受けるチームです。ここ数年充実しているユース年代の基礎を築いた金明輝監督が率いているだけあって、今節スタメンの石井などユース卒を含めた若い選手を積極的に起用しています。金明輝監督は9月の月間最優秀監督に選ばれていましたが、拾っている勝ち点はともかくとしても実力のある監督は評価されるべきだと思いますし、個人的にも今季のJ1で一番好きな監督というのは以前ラジオでも話した通りです。

両チームのスタメンと狙い

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柏木とエヴェルトンは前半の早い段階で左右を入れ替えており、2トップも流れで左右をかなり変えるので浦和のフォーメーションを静的に表現するのは最近難しい。

浦和ベンチ:彩艶、鈴木、山中、汰木、長澤、健勇、レオナルド

鳥栖ベンチ:守田、中野、高橋、本田、林、金森、チアゴ・アウベス

浦和は前節一発退場を食らってしまったトーマスが出場停止で、岩波がスタメン、鈴木がベンチ入りと繰り上がる形。今季もリーグ戦20試合を消化して、ここまでいろいろありましたがCBの序列はこの順番でほとんど固定されたように思います。鈴木の出番が最近少なかったのは軽度の故障で離脱していたからということもあるでしょうけど。

気になるのは柴戸の欠場で、練習の情報なんかを観ている限りコンディション的に出場できないようです。明確に怪我という情報は出ていないと思いますが、青木も同じように故障で戦線から離れている中で、今季の大槻サッカーを象徴する選手となっていた柴戸が使えないことはかなりの痛手だと思います。というわけで、CHとして仕えてある程度計算の立つ選手はエヴェルトン、長澤、柏木の3人のみとなる中で、今節はエヴェルトンと柏木のセットをチョイス。おそらくこのコンビでスタートするのは初めてのことではないかと思います。

前線は名古屋戦に引き続き関根とマルティノスのサイド、2トップには武藤・興梠をチョイス。マルティノスはともかく前節パッとしなかった関根が引き続き起用されるのは、それだけ大原でのパフォーマンスが良かったということでしょうか。大槻監督の今季の起用を観ていると後ろは減点方式、前は加点方式で選んでいるような感じがありますが、シーズンの中でこれだけ起用される選手が入れ替わるシーズンはかなり久しぶりというか、あまり例がなかったのではないかと思います。日程的なこともあるでしょうけど、競争を煽るマネジメントという意味では文字通りの起用がされていると言えます。

鳥栖のほうは水曜日に試合があったので日程的に不利ですが、スタメン変更は3枚のみ。鳥栖はCBの軸だったエドゥアルドがハムストリングの故障で長期離脱しており、本来はボランチをやっている松岡がCB起用されているのがここ最近です。また今節はユース出身の大畑が左SBとして起用され、右の森下と合わせて両SBがルーキー、スタメンの平均年齢が24歳と、若手を使う鳥栖においても若いメンバーが主体だった試合とわかります。

前回対戦時にも書きましたが、鳥栖と浦和というより金監督と大槻監督の対戦は育成年代のころから殴り合いになる傾向があり、対戦時は両監督ともリスクを消すよりも勝利のためにリスクを取る傾向があるように感じます。それが浦和にとっては柏木やマルティノスの起用だったのかもしれませんし、鳥栖にとっては内田のボランチ起用などのチャレンジングな采配だったのかもしれません。

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ボール非保持が根幹となる構造

浦和キックオフでゲームがスタート。浦和はボールを簡単に手放したものの、鳥栖はGK高丘がボールを長く保持してビルドアップを狙う形。浦和はそれに対して久しぶりの4-1-2-1-2で嵌めに行く形で構えていたので、このあたりで両チームの狙い、やり方の噛み合わせの大枠がはっきり見られたと思います。ただ鳥栖はトップにレンゾ・ロペスを起用しており、空中戦も活かすチャンネルもあったのでそこまで無理やりに繋ぐ感じはなかったですし、浦和が前から嵌めに出る場面では高丘の飛距離の出るキックで一気に裏へ、という選択は事前に整理されていたように感じました。鳥栖のビルドアップはいつも通りの形で、SBを高く上げ、SHはインサイド寄り、ハーフスペースを取りに行く形。最終ラインはCBが広く開き、CHがサポートに入ります。これで浦和の2トップが構成する第一プレッシャーラインに対して優位を取り、クリーンな前進から高い位置でのSB、SHが絡んでのラインブレイクを狙うというのが金明輝監督がずっと狙いとして積み上げている形と言えると思います。2トップの関係性は起用する選手によって見えるものが変わる思いますが、今節は石井が下がり目で浦和のCHの背中を取り、レンゾ・ロペスが最終ラインを駆け引きする形だったでしょうか。浦和もセットディフェンスでは4-4-2ブロックでの中閉めで守るいつもの形で、レンゾ・ロペスへのマークは岩波か槙野がはっきり行くという感じでした。

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これまでのゲームと違い、鳥栖は浦和にボールを持たせるよりも自分たちがスタイル通りボールを握る方を選んでいたと思う。この辺りも自分たちのやり方で勝利を目指す両監督の色が出たと言えるかも。

ボールが行ったり来たりする展開の中、鳥栖が10分に良い形。ビルドアップを嵌めにくる浦和、関根が寄せたところで原がロングボール。連動して鳥栖の左SB森下に宇賀神が、左SH樋口に槙野がついて行った関係でレンゾ・ロペスとの競り合いが岩波になり、後ろに流れたボールのカバーリングがいなくなってしまうと、石井が反応し右に流れながらボールキープ。逆サイドまでパスを繋がれ、最終的にはエリア内に入った小屋松にシュートまで行かれてしまいました。本来であればボールが裏に流れたところで橋岡が槙野にコーチングして槙野にルーズボールを拾わせるかクリアさせるべき場面ですが、コミュニケーションできずに拾われたためそのまま橋岡が左サイドまで出張しボールにつき、最終ラインの構成がバラバラのままセットディフェンスへ移行してしまったのが最大の原因で、状況を把握してマルティノスは最終ラインに入っていましたが、大外と1on2になってしまい中を開けてしまっており、浦和にとってはかなり危険な場面でした。今季これまでのゲームでもそうですが、4-4-2セットでちゃんと守れているうちは良いものの細かいマークの受け渡しや空きやすいエリアの処理から並びがイレギュラーになった時に状況を見て修正するというところが弱く、そのまま穴が開いたところから決定機を許してしまうという形が今節も出てしまいました。この場面ではそもそも橋岡が槙野とコミュニケーションをとって自分が逆サイドまで出て行くような形を作らないのが重要で、この後槙野に思いっきり怒られてましたが1,000%槙野の言う通りという場面でした。

西川が小屋松のシュートをキャッチした後は、浦和のビルドアップ。鳥栖も4-4-2でセットするのでビルドアップの盤面は両チーム似た形になるわけですが、浦和は前節名古屋戦でチャレンジ出来ていたオープンでクリーンな最終ラインからの前進がなかなか見せられなかったと思います。ゲーム展開や状況によっても変わると思うのですが、CHが相手の2トップの背後に立つときに十分に距離をとれていないこと、パスコースを作れていないこと、クリーンにボールを運べるシチュエーションでもCBが運び出す選択をしなかったことなどがあったと思います。エヴェルトンはサポートに入る意識がかなり強い選手なので動き回ってくれるんですが、逆に立ち止まっていて欲しい時にも動いてしまうのがもどかしい感じがします。また、柏木が後ろにも前にも関わるためにはっきり後ろに落ちるか前に関わるためにビルドアップのサポートを全くしないかのどちらかを場面場面で選ぶ傾向があるんですが、CBの選手が取るべき選択肢を取れずにやり直したい時には柏木は前に関わるために上がっていて、最初は西川を含めて5枚で回していたのにやり直しでは4枚になり、選択肢が減ったことでさらに前にチャレンジしにくくなっていたようにも見えました。結局この場面では西川がフィードを繋ぐことで相手を裏返しかけたのでリスクをかけ過ぎないボールの前進という意味ではこれで良いのですが、前節のチャレンジからの積み上げという意味では個人的には物足りなかったというのが素直な感想です。

ただ、その代わり2トップが斜めに降りたところに早めにボールを付けて後ろからサポートするという形はよく見られました。このあたりは浦和のトップの選手と鳥栖のCBの選手の勝負で勝てると見込んでの狙いだったかもしれません。実際鳥栖のCBを引っ張り出して勝負に晒せた場面ではチャンスになったシーンが結構あって、18分に柏木の裏へのボールに武藤が反応し、原が中へ戻したボールが連動して走っていた興梠から武藤が引き取ってシュートまでというシーン、28分のゴールキックから崩しに柏木が絡んで+1となり、ハーフスペースから大外のマルティノスへ渡してエリア内の1on1からクロスという形を作った場面、34分の武藤がサイドに降りて松岡を引き出してからのダブルタッチ→シュータリング、39分には岩波から裏へ走った興梠へロングフィード一発を収め、マルティノスの仕掛けからこぼれ球に柏木のシュートチャンス、41分の関根vs原のエリア内での勝負からバー直撃のシュートと、クリーンに狙いが出たとは言い難いもののゴールに迫る部分は表現できていた前半でした。ボール保持率では負けながらもシュート数では鳥栖を上回っていたので、これまでボール保持を問われてきた流れとは違うゲームでしたが浦和としては悪くない前半だったと言えるでしょうか。

采配勝負となった後半、ストーリーを変えたPKストップ

お互いにイエローカードを受けていた選手を交代して後半がスタート。浦和は健勇を投入して武藤を左SHに、鳥栖は連続して裏を狙える上にエリア内に力強さを発揮でき、チーム得点王でもある林を最前線に投入。浦和はFKをクイックで始めた柏木から興梠への裏一発、鳥栖はCKからトリックプレーで中央からミドルと、お互いにゴールを狙い合う展開で後半に入りました。

前半と同じく浦和が4-1-2-1-2プレッシングの構えを見せると鳥栖は大きく蹴ることを選択する展開の中、健勇が加わったこともあって空中戦に強みを発揮できていたのは浦和でした。すべてが良かったわけではないものの、ゴールキックからのルーズボールを繋いで健勇のポストを使いながらファストブレイクを仕掛け、最後はマルティノスのクロスに宇賀神が飛び込むシーンを作った54分は特に良い形だったと思います。

57分の梁→高橋の交代を挟んで、63分に鳥栖がPK獲得。ルーズボールには負けていなかったものの60分を過ぎて強度が落ち気味だった中で、CBが晒される縦パスから強引な仕掛けに岩波が巻き込まれた形でした。最初に腕を絡めているのは林のほうだと思いますが、最初の縦パスが入るところで潰せず、そのまま不利な体勢のままエリア内でドリブルを許してしまい、最後は自分からバランスを崩して林を倒しているのでちょっと言い訳は難しいかなと思います。ただ主審の松尾さんはかなり遠いところで判定をしていて、ボールの流れからしてももう少し近くで見ていて欲しかったという気がします。

浦和はここで事前に準備を始めていた交代を決断。武藤→汰木、そして興梠→長澤を投入します。この間がキッカーの林にどう影響したかはわかりませんが、結果的には西川がコースを読み切って指先でコースを変え、シュートはポストを叩いてPK失敗。前節名古屋戦でのエントリでも言及しましたが、拮抗した展開で60分を超えることが出来なかった浦和にとっては65分でのこの大ピンチを切り抜けることが出来たのは非常に大きかったと思います。僕は正直終わったと思いました。すみません。

飲水タイムを挟んで浦和はフォーメーションを4-4-1-1もしくは4-2-3-1に変更。柏木がトップ下に入る形は今季初めて採用された形でしたが、轡田さん情報でキャンプから取り組んでいた形であることを認識していた人も多かったと思います。この試合に限っては中盤の強度のために長澤を入れるのはよくわかるんですが、柏木を残すという判断は結構意外でした。終盤に向かってセットプレーのキッカーがいないという状況を避けたかったのかもしれませんし、ここ数試合を観る限りチームへの影響は別にして個人のパフォーマンスとしてはしっかり走れていたので、そもそもあまり外す考えはなかったのかもしれません。

鳥栖も73分に金森と本田を投入し勝負に。連戦なので仕方ないですが、鳥栖のベストパフォーマンスは小屋松、金森が同時にピッチに立ってラインブレイクを狙い続け、チョドンゴンもしくは林とともにエリア内を荒らし、そこにボールを失わない原川を中心にボールを運ぶ中盤からのデリバリーで深い位置を取ってからゴールに迫る形で、今節はそれが出来るメンバーの多くを同時に使えない状況だったのは浦和にとって助かったポイントだと思います。実際金森が入った直後に浦和のSB裏に走りこんでペルティエリア脇の深い位置を取り、クロスからエリア内でシュートに持ち込まれるシーンがありましたが、ああいうのが本来の鳥栖の形で、77分にエリア内に仕掛けてCKを取った本田のプレーも含めて、鳥栖がかなり圧力を強めていたのが4Qだったと思います。

攻勢を強める鳥栖は83分に内田に代わってチアゴ・アウベスを投入。本田、金森がシュートチャンスをつくるところまではいけていたので、勝つために攻撃カードのダメ押しをしたという感じだったと思います。しかし結果的には、この交代が鳥栖の圧力を削ぐことになったかもしれません。85分に自らとった絶好の位置のFKをスタンドに放り込み、90分のカウンターチャンスでは完璧なトラップで宇賀神を置き去りにしながら2打席連続の2号ソロをバックスタンドに放り込むなど、鳥栖に傾きかけたゴールへの流れを可能性の低いプレーで切ってしまった印象があります。前述の通り鳥栖は前線のフリーランを使いながら相手陣地深い位置に侵入し、エリア内で勝負するのが本来の攻め筋の中で、そこまで繋がずに早い段階で自分でオフェンスを完結させてしまうプレーはチームの方向性に反しているでしょうし、ましてそれが何の可能性にも繋がらないとなると士気は落ちるでしょう。彼の一連のプレーがチーム内でどう評価されるかは2号ソロの直後に抜かれた金監督の表情がすべてを物語っていた通りで、結果的にはこの采配は完全な失敗に終わりました。

それが鳥栖のインテンシティに影響したかどうかはわかりませんが、苦しい展開にも耐えつつ走り続けていた浦和に最後の最後でご褒美が与えられました。93分、長澤のクリアを松岡が中途半端に処理すると、健勇が体格差を活かしてボールを収め、彼らしい浮き球のコントロールで裏へ。健勇が敷いた勝利へのランウェイをマルティノスが50m超の距離を走ったまま駆け上がると、完璧なファーストタッチでエリア内に侵入し左足アウトでクロス。最後は汰木が押し込んだまま身体ごとゴールに飛び込んでJ1初ゴール。苦しい90分、ホームでの3連敗、ほぼ4試合ゴールなしという苦しさ…チームを覆っていた暗い霧を、今季なかなか結果を出せていなかった両翼がついについに晴らしてくれたゴールでした。

結果論ですが、途中投入した健勇と汰木が直接的にゴールに絡んだ大槻監督の采配に対して、チアゴ・アウベスが勝ち越しへの流れを切ってしまった感のある金監督の采配が当たらなかったというゲームになりました。ただ鳥栖のPKを獲得したのは途中投入の林ですから、あのPKが決まっていれば真逆の評価になったかもしれないと思うと采配は難しいなと思います。そういう意味では、西川のPKストップで今節の勝負の分かれ目が浦和側に転がったという見方が、結果論的ではありますが正解かもしれません。そうでなければ、最後の瞬間に選手層の差が出てしまったとも言う人もいそうです。厳しい連戦が続く中で守備の柱を欠き、失点シーンでクリアボールの対応が中途半端になった上に健勇にボールを収められてしまった松岡が本来はCHの選手であることを考えても鳥栖の台所事情はかなり苦しいことが伺えますし、金監督としては連戦を全員で乗り切るために久しぶりにチアゴ・アウベスを使ったものの狙った目が出なかった、ということかもしれません。

何となく感じる変化の表と裏、ついでに若手起用の話

というわけで、ゲームは0-1でそのまま終了。最後は鈴木大輔を久しぶりに(あと何故か中盤に山中を)投入し5-4-1でゴール前にバスを止め、浦和はなにがんでもの形で久しぶりの勝ち点3をもぎ取りました。ゲーム自体はこれまでの3試合とは異なり相手がボール保持をしてくれる展開で、リーグ再開後の基本路線だったプレッシングとブロック守備を使い分けながら奪ってから早く攻める形を狙いやすい展開に恵まれることとなりました。従って前節までに目立っていたボール保持、特にビルドアップの初手についての取り組みは薄れたというか、継続や積み上げがどの程度見えたかというと難しい部分があります。ボール保持が上手になることよりも勝ち点、勝利が欲しい試合だったことを考えれば結果は良かったと言える一方で、劇的な勝利に安心こそすれ、チームが大きく変わったわけではないというのは見逃せないポイントです。

変わらないと言えば、1週間空いたゲームであったにも関わらず選手起用はここ3試合と同じようなメンバーが使われたこと、特にここ数試合出場機会を増やし影響力を強めていた柏木や、同じく起用されれば強みと弱みがはっきり出ていたマルティノスなど、これまで収支を取るのが難しく、大槻監督のサッカーでは使いにくいとみられていた選手たちが続けて起用されたことからはチームに起きている変化を読み取れるような気がしています。

こうした攻撃的な選手の起用が増えているのは台所事情もあるでしょうが、それくらいのリスクを負ってもゲームが壊れない、むしろサイドの仕掛けが必要だという部分が意識され始めているからなのかもしれません。これまではボール非保持から相手に仕掛けていくスタイルを標ぼうする一方で、ボールを奪ってからの攻め手が少ないために多く守備に晒され、危うい守備が隠しきれずに先に失点するというパターンで勝ち点を落とし、従ってボール非保持にさらに傾倒する、という感じでやってきましたが、FC東京戦、名古屋戦、今節と攻撃的なメンバーを組み込みながらも我慢できる時間が長くなっているというのは事実としてあると思います。もちろん、相手のオフェンスの完成度というか怖さみたいなものは重要なファクターですが。

とは言え引き続き、というか個人で守り切れるタレントが揃えられない以上守備は全員でやる必要があって、特にここ最近マルティノスが活躍している流れの中で、レオナルドの出場が減っているのは守備で穴が開くリスクの大きいポジションはピッチ上で一つしか許容できないということの表れかもしれません。再開前のようにサイドハーフが躍動して目の前の勝負に勝ち、ボールを運んでゴール前に届けてくれるようなシーンが増えるのがこのサッカーの形の一つだと思うので、そういう意味でマルティノスが今節のような活躍をするとなれば、その分だけレオナルドが使いにくくなっていく、という状況が起きうるのかもしれないなと思います。ただ今節のマルティノスはめちゃくちゃ攻守に走ってくれていたので、これが計算できるなら話は別かもしれませんが。もう一つはビルドアップを整備するにあたって、ボールの出口となるトップへの縦パスのコース作りという意味でレオナルドのスタイルが組み込みにくいというのもあるかもしれません。最近興梠、武藤、健勇が使われているのは、そういう順序なのかなとも思います。

ビルドアップを担う選手たちで言えば、CHについては柏木を組み込む形はやはり当初から考えていたことなのかなという印象ですが、長澤や柴戸が出場していたほうが全員でボールを前進させようという意識が高まる気がしています。特にCBの持ち上がり、クリーンでオープンなシチュエーションを作りにいくチャレンジは、柏木がいない方が現象として出やすいのかもしれません。ただそうするとオンザボールの質が落ちるという弊害もあって、あっちを獲ればこっちが足りない感があり、そうした中で積み上げと同時に結果が求められることを踏まえれば、「出来る選手」の力を活かしたいという判断には納得感があります。僕が恐れた柏木のCH起用によって完全にサッカーが変わるような感覚は、横浜FC戦の後半とFC東京戦の序盤以外では強く感じていないというのも個人的には重要な部分で、個人的には柏木の能力に頼りがちになってしまうゲーム展開よりもみんなで運んでいく仕組みを積み上げる感覚がわかる方が好きですが、チームの秩序が失われないなら持っている特別な武器を使わないというのもどうなのかなと。

でこういう、選手の評価や起用の意図みたいなものがあっちにいったりこっちにいったりするのは、絶対的な柱になる選手がまだ見つかっていないということの裏返しかなと思います。そういう存在の是非は議論があるとしても、とにかく戦術上の柱みたいな選手がいると、ここはこの選択肢しかないからその弱点を補う形で全体を揃えよう、というアプローチができるようになっていきます。浦和の場合、やっているサッカーの問題もあって今のところ西川と槙野くらいしか固まっているポジションがなく、あとはコンディションが大丈夫であれば興梠を使い続けるくらいではないかと思います。これまではここにレオナルドの名前があったわけですが、どういうわけか最近は出場時間が減っていて、そうするとどこを柱にするのか、の部分が変わりつつあるのかな?と考える次第です。

似た例は選手同士の掛け声がほとんど聞こえないまま大敗した第6節柏戦を経て、第7節横浜FC戦で鈴木と槙野を使ってパフォーマンスが劇的に改善し序列の評価基準自体が全く違うものになったCBで、このように、SHやFWに序列の評価基準を変えるような流れが生まれつつあるのかもしれません。長澤が中央で起用されると同時にマルティノスがSHで使われるようになったあたりは、SHには守備よりも攻撃面、特にドリブルが必要だね、という考え方になったのかも、などなど。はっきりとはまだわかりませんが、最近の起用の変化の流れの中でチャンスを得る選手もいれば割を食う選手もいる、ということでしょうか。今更パズルか?という感想もあるでしょうけど、健全な競争のもとにいろいろな選手を試すというのはこれまで選手起用の固定化が進んでいた浦和に求められていたことでしょうし、それ自体は悪いことではない気がします。

この意味で、今節ついにJ1初ゴールを記録した汰木の存在を考えると、今後ポジション争いが熱くなりそうなのは左SHでしょう。関根は今節も早い時間で交代となりましたが、結果を求めるあまり我慢が出来なくなっている感じがあります。うまくいかなくてもやり続けなければいけないこのサッカーでは一発でボールを取りに行く守備だけでは貢献出来ないし、そもそもカードをもらっているのに注意を受けた直後に後ろからファールするようなプレーでゲームを壊す可能性のある選手の序列は下がるべきなのではないかという気もします。あのファールはプロフェッショナルファールの部類だと思いますが、ちょっとリスクが高すぎるプレーでした。高い目標を掲げていたゴールやアシストと言った「数字」から遠ざかっており難しい状況なのはよくわかりますが、こういう時にやるべきプレーをやり続ける姿勢を、次世代のリーダー候補には観せてもらいたいところです。チームの中心となる幹が見えにくい現状の中で、チームに求められるプレー+自分の良さを出し続けることで自分が幹になるんだ、という姿を見せられる選手が求められているわけで、それがマルティノスでももちろんいいんですが、では逆サイドで誰がどのように台頭するかは今後の浦和の勢いを左右するのかなという気がします。少なくとも大槻監督はピッチ上のパフォーマンスを以降の起用に反映させている感じがしますし、なんにせよ連戦で特定の選手を使い続けるのは難しい中で、チームに求められることと自分の良さを、与えられたチャンスの中でできる限り見せ続けるというのがクラブが求める「責任」ではないのかな、と思います。

健全な競争と言えば、期待されながら出場機会が得られていない若手選手もこの競争の中にいると僕は理解しています。よく言われるように、「出れない選手には理由がある」はずなので、それが本人の問題なのかチーム事情かという細かい違いはあれど、「若手だから」というだけで出場させているようではチームには健全な競争など生まれないし、そうしたいなら内外にそういう歪さを説明して徹底的にやり切るべきだと思います。だって実力と結果が最重要なはずのプロの世界で、実力が同程度ならまだしも年齢だけで出場時間が決まっていたらおかしいでしょう。例えば横浜FC鳥栖、鹿島が多くの若手を起用していると言われていますが、僕には各チームがそれぞれの選手層の中で使える選手を使っているようにしか見えません。横浜FCは監督のやりたいサッカーに合致する選手が必要でしょうし、鳥栖はそもそも金監督が自ら見てきたユース出身の選手や、彼のサッカーに合わせて取った森下等の選手のほうが単純に使いやすいから使っているのではないかと思います。鹿島はクラブが意図してはっきりと世代を回している珍しいクラブですが、意図通りかどうかは別としても上の選手を放出することで若手を使うしかない環境を作っている感じもします。その意味では鳥栖も林や石井を使う代わりに豊田を使っていないわけで、このようなトレードオフはどのチームも抱えているものです。そう考えると、いろんな世代の選手が同じチームにいる中で、世代交代を正当化できるのはやっぱり「健全な競争」しかないと思います。

話がごちゃごちゃしましたが、まとめると今の浦和には11人選びの評価軸の再構築みたいなものが起きている感があって、それによってチャンス(出場機会)を得る選手が変わっているものの、そこで何を見せるのか?というのが全選手に問われるポイントになっている気がします。これは大槻監督がブレていると言うこともできるし、状況と文脈に合わせてアップデートを図っているとも言えるわけですが、一つ間違いないのはこういうことは勝ちながら進められる方が圧倒的に良いということで、その意味で今節の勝利は、この人選でこういうサッカーをして(相手のPK失敗という注釈付きながら)無失点かつ点を取るサッカーができたというのがすごく重要で、ビルドアップの積み上げどうこうよりも良いサイクルをチームに持ち込むきっかけになるという意味で大きいのではないかと期待しています。そういうわけで今節は、変な表現ですが勝利に救われた試合と言えるのかなと思っています。

3つのコンセプトに対する個人的評価と雑感

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「1.個の能力を最大限に発揮する」は6点。なんといってもマルティノスでしょう。名古屋戦で今季最高のマルティノスが観れたと思っていたのですが、どう考えても今節のマルティノスが今季最高です。特に個人的に印象に残ったのはディフェンス面で、立ち位置が怪しい瞬間はまだまだたくさんあるんですが、少なくともボールラインが自分を超えたらプレーを止めるということがなく、ちゃんとボールに関われる位置まで下がってディフェンスに参加してくれていました。橋岡が逆サイドに出張することになった場面しかりですし、岩波がPKを献上したシーンの直前でも逆サイド大外を取る相手選手の動きを察知してスプリントで最終ラインまで戻っていたシーンは胸が熱くなり、「やればできるじゃねえか2年半も待たせんなよ!」と心の中で涙したことは秘密です。最後の最後で得点に繋がるスプリントからクロスまで完結させたことも素晴らしいですが、あのシーンまでに35回以上のスプリントを重ねていたことがもっと素晴らしいことで、こういう回数のスプリントはオフェンスだけでは出せないことを考えても、攻守両面での貢献があり、浦和に来てからのベストパフォーマンスを見せてくれたと言えると思います。個人的には毎回これくらいやってくれるなら立ち位置の危うさや橋岡となかなか連携が出せないことは目を瞑ってでも観たくなる選手だと思います。問題はこれが続くかですね。

「2.前向き、積極的、情熱的なプレーをすること」は6点。決勝点の流れはクリアからの偶発的なものでしたが、あそこにあれだけ人数をかけてボールを繋げたことは素晴らしかったと思います。じゃああのゴールが無ければ何点なんだと言われると、そりゃ点は下がるんですが、それにしても「後ろ向き」や「消極的」と感じるようなプレーはほとんどなかったので、ここを基準にアグレッシブさや相手を追い込むプレーをもっと出していけるかがわかりやすさとして必要なのかなと思います。

「3.攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレーをすること」は4点。今季ずっと採点していますが、やはりこの項目が一番難しいと思います。簡単に言うとボール保持と非保持の両面でゲームをコントロールし、トランジションで局面を支配することでこの項目の点数が上がっていくのだと思いますが、そうするとあらゆる局面での整理や積み上げがもっともっと必要なので、なかなか今の状態で高く評価しようという感覚にはなりません。まずは非保持が続いても90分耐えきってカウンターからシュートチャンスを作っていくこと、そしてボール保持が問われてもビルドアップから同じくゴールに迫るプレーを安定して作り出すこと、この二つが見えてくるところまでたどり着きたいところです。そういう高い要求を踏まえるとやっぱり、今のスカッドは一長一短が大きすぎるなあという感想にもなるのですが。

何にせよ、自分の心のクラブが戦い抜いて勝利するところを見るのは最高だなと改めて思いました。勝ちゃいいんだよとは言いませんけど、勝つことで見える景色があるというのも事実なわけで、何より選手が報われた笑顔をしてるのが最高です。おかわりください。

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というわけで、浦和は順位を一つ上げて9位浮上。得失点差は-9とまだまだですが、消化試合数を踏まえると6位以上は現実的に狙える範囲という感じでしょうか。21試合消化で勝ち点36の柏との対戦は、こうした紆余曲折を経て積みあがったものを見せ、チームの矢印を明確に上向きにするには非常に重要な戦いであり、今季これまで跳ね返され続けてきたブレイクスルーの壁に再び挑む戦いになるのではないかと思っています。

 

今節も長文にお付き合い頂きありがとうございました。