96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。 twitter: @urawareds96

チラシの裏:良し悪しと好き嫌い―杉本健勇の評価について考えたこと

宣言したからには書かなければいけない健勇に対する所感です。彼を取り巻く状況は(浦和ではありがちなことですが)いろいろと拗れていて、大まかに分けると①彼のプレースタイルへの理解②チームの機能性と彼の型の話③サポーターの表現のねじれがあると思うので、それぞれ見ていきたいと思います。

プレースタイルの話

いろいろほじくり返してわざわざ健勇批判を探したんですが、ゴールがないとか期待できるようなシュートを撃てていないことを中心に、やる気が感じられないというようなものまでいろいろ言われるようでした。ただ別にシュートが無いわけではないし、不貞腐れてプレーしていないわけでもないですよね。そもそもやる気がない選手が最終ラインまで戻って速攻を潰したり、中盤でスライドして守備した後に最前線でクリアボールを収めるために身体を張ったりしないと思います。

彼のプレースタイルを考える上ではやはり身体的特徴を考慮しなければいけないと思っていて、187cmのあの長身と大きなストライドで、静止から相手を抜いていくというのはやはり厳しいと思います。単独で相手を躱すプレーが選択肢としてなかなか選べない中で、必要なのは周囲のサポート、連動ということになるでしょう。彼がこれまで得点を量産してきたシーズンを振り返れば、やはりチームとして彼の周囲にサポートに入る選手を用意できていたチームが多かったと思います。ポストとなって相手を背負い、ゴールに背を向けた状態で追い越してきた中盤の選手に預け、彼らが突破するプレーに合わせて遅れ気味にゴール前に入ってフィニッシュワークに絡むというのが彼の最も得意とする形でしょう(ちなみに、空中戦にしても垂直飛びでヘディングするというより走りこんで合わせるというのが彼のスタイルで、アーリークロスを入れられる選手がボールを持った時のゴール方向への動き出しは結構積極的だったりします)。従って、残念ながら今の浦和では頻繁にトップの選手を中盤が追い越していくようなプレーがなかなか出ない、そういうサッカーは選んでいない中で、彼の持っているゴールパターンが今の浦和のサッカーに組み込みにくいということは一つの大きな壁であり、彼自身難しさを感じている部分はあると思います。

加えて、個人的には彼は、非常に合理的な性格の選手だと思います。無駄なことはしないというか、リスクが見えているプレーはしないというか。プレスに行かない時があるのは彼の背中を味方がケアできていない時ですし、シュートに行かないシーンがあるとすればそれは彼の中で決まるシュートを撃てる状況にないときではないかと思います。彼への指摘の中に、ゴール前に入っていくタイミングが遅いとかニアに飛び込まないで待っているだけになっているというものがありますが、これも同じことでそのタイミングではゴールの可能性が低いと考えているか、単純に彼がゴールを取りたい形になっていないのだと思います。こういう話をするとゴールを獲るパターンが少ないのはFWとしての弱点ではないかと言われそうですが、誰にでも型はあるものだし、レオナルドもニアに飛び込むより立ち止まってマイナスでもらうパターンを得意の型にしていることを考えれば同じではないかと。そりゃ興梠とか武藤、李のような飛び込める選手のプレーを観てきた我々としては、「そこ飛び込めば何か起きるだろ!」と思うシーンももちろんありますけど。観ている方がここに理解と言うか共感を持てないと、何やってるんだあいつは、となってしまうんだろうなあという印象です。がむしゃらさ、みたいな言葉を使う人もいますが、確かに無駄なプレーをしないという意味ではがむしゃらではないかもしれないけれど、必要なところでは本当に闘っていると思っています。

チームとしての機能性と彼の型

で、考えるに、健勇にとってのもう一つの大きな壁は、2トップの相方となることが多いレオナルドがチームの中心として君臨しつつあることでしょう。この二人、ゴールを奪う過程で使いたいエリアが似ているのではないかと思います。二人とも自分が良い体勢でシュートを撃つために安易にニアに飛び込まないタイプですし、サイドの深い位置に流れて自分で打開してシュートというよりは中央でプレーに関わりながら最後にエリア内で仕上げるタイプのスコアラーです。だから並べてプレーすると同じ場所でボールを待っていたり、片方がボールを持った時に、ボールを持っている選手は寄ってきてほしい(単独で打開するのは難しい)のにもう片方は最後に自分がシュートを撃ちやすい場所に向かって動くので寄っていかず、ボールホルダーが選択肢を失ったり、ということが起きるのではないかと思います。似たような特徴の選手が二人いれば、特にFWであれば結果がモノを言います。ゴールを奪うための型の豊富さ、相手から消えるポジショニング、多少のプレッシャーでは決め切ってしまう決定力の面でレオナルドは特別な選手ですし、現実としてゴールを獲り続けているレオナルドを中心にしたチーム作りは今後も進んでいくでしょう。

昨シーズンは3-4-2-1(もしくは5-2-3)のワントップとして起用され、前線で孤立しほとんど良さを出せなかった健勇にとって、オーソドックスな2トップで臨む今季は勝負の年のはずです。ライバルの存在も自分の立場もわかっている中で、結果で勝負したくないはずがありません。ただチームのスタイルが彼の得意なプレーと完璧にはマッチングしていない状態で、そして何も考えずに自分が使おうとするスペースに入っていけばレオナルドと頻繁に被ることになる中で、彼自身どうやってチームの機能性の中に自分の型をはめ込むのかを探しているところのように感じます。実際に大分戦でも、二人の呼吸が合わない(お互いできることが同じなので動きが被るかどちらもサポートできないかになる)状況が出ていたものの、別のシーンでは健勇のほうがレオに合わせて動き出すようなプレーも見られました(そしてレオナルドは動き出していればちゃんとパスを出す選手です。結果的には繋がりませんでしたが)。難しいことにこの作業は、監督から求められ、そして勝つために必要な守備面での献身、そしてポジティブトランジションにおけるポストマンとしての貢献を疎かにせず、両立させなければいけません。これはレオナルドが、自分が勝負できるエリア内でボールを持つことから逆算してなるべく中央に留まろうとすること(そしてそれが許されていること)と対比すると、タスク量的に少し不利なのかなという気がしますが、それでも彼の立場上こなしていかなければいけない役割です。

まとめると健勇は、システム的な相性と相棒となる選手との補完性、この二つの壁を乗り越えてスコアラーとしての自分を表現しなければならない状況にあります。この葛藤をわかっていながら守備の役割を求めざるを得ないからこそ大槻監督は健勇の貢献を称えるのでしょうし、信頼してなるべく長い時間彼を使おうとするのではないかと思います。誰しも思う通り、大槻監督もまた一つゴールが生まれればよい方向に流れていくのではないかと信じ、期待しているのだと思います。実際、絶対的スコアラーのレオナルド、ついに右サイドとの併用が現実的になってきた武藤、圧倒的な”上手さ”を活かし中盤のサポートをしながらゴールに関わることが出来る興梠と比べても、彼の特徴やプレースタイルは十分に差別化されています。高さ、起点になるプレー、守備、そしてゴールを獲る形がチームにうまく組み込まれれば、彼が前線の重要なピースになることは間違いありません。そんなわけで、杉本健勇という選手がチームのためにこなすべきタスクを全うしつつも、チームの機能性と自分の型すり合わせて行く難しい状況の中で戦っている選手なんだということは、もう少し理解されても良いような気がします。

良し悪しと好き嫌い

で最後に、評価する側の表現のねじれについて。彼を批判する人がいるとして、個人的にはそれをどうこうしようとは思いません。ただ一つ思うのは、好き嫌いと良し悪しは分けて考えた方がお互いにうまく行くだろうということです。人が何かを評価するときに、自分が個人的に好きか嫌いかという評価軸と、それが客観的に良いか悪いかという評価軸があると思います。これを混ぜこぜにしたり、本当は嫌いなだけなのに客観的に悪いと言ってしまったりするのはやめた方が良いだろうなと思います。

心理的にどういう方向づけがあってそうなるのかよくわかりませんが、嫌いなことと悪いことは違います。客観的に良いプレーでも嫌いなものはあるだろうし、逆に好きなプレーでも客観的に悪いと言わざるを得ないプレーもあるでしょう。例えば単独でゴールに向かっていくプレーが好きなのであればそれに文句は何もありませんが、それが良いか悪いかは状況に基づいて客観的に判断されるべきだし、最前線の選手にはゴールに向かってほしいという好き嫌いの次元と、相手に押し込まれている後半の苦しい時間帯にあえてゴールに向かわない是非は別々に語られるべきです。

こういう話をすると客観的な良し悪しを判断することの重要性が結論になりがちですが、ここではもう一歩進んで、良し悪しと好き嫌いをはっきりと分けて認識すること、そして「好き嫌い」の重要性について考えたいと思っています。僕は好き嫌いというのは凄く重要な指標だと思っていて、何を好きか、何が嫌いかというのはそれまでの体験や経験に紐づいていると思っています。「浦和レッズサポーターの総意」みたいなものは正直あまり信じていませんが、最大公約数みたいなものがあるとして、浦和レッズをとりまく「好き嫌い」は他クラブのそれとは違うはずです。泥臭いプレーが好きだとか、ドリブル突破が好きだとか、もしかしたらそういうのがあるんじゃないかと思います。これって、高度な言語化はされていなかったとしても、クラブを取り巻く哲学の一部と言えるのではないでしょうか。

先述した通り、健勇のプレーは合理的で、「良い」プレーを選ぶ傾向にあると思います。これが「良い」ことは認めた方が良いと思いますが、一方でその好き嫌いは個人の自由だと思います。逆に言えば、良いプレーでも嫌いなら嫌いと言えば良いと思います。何かを嫌うことは悪いことではありません。何が好きでないかは、何を好きなのかの輪郭を示してくれます。サポーター心理としてどうかはわかりませんが、別にレッズの選手のプレーが嫌いでもいいはずです。もっと言えば、「それは良いプレーだけど、俺たちは好きじゃない」みたいなメッセージがあっても良いのではないかと思います。それって、クラブの哲学を端的に示すものじゃないですか?合理的にボールをキープしてゴールに向かわない場面があったとして、「それは良いプレーだけど俺たちは嫌いだ、悪いプレーでいいからゴールに向かってほしい」という主張があっても良いと思います。そう言われれば受け取る方もわかりやすいし、気持ち良いんじゃないかと思うんですが、こういうメッセージが出た例を僕は知りません。

受け取る側のことを考えても、良し悪しと好き嫌いが混同している意見は受け入れにくいと思います。良いプレーをしているのに、(嫌いと混同した)悪いという評価をされれば単純にムカつきますし、こいつらは何もわかっていないと思いたくもなります。そうであれば、それは良いプレーだけど俺たちは嫌いだから別のプレーをしてほしいと言われた方がマシなんじゃないかと思います。そういう意味で、「良いけど嫌い、悪いけど好き」みたいなストレートなメッセージは誰と付き合っていくにも良い方法なのではないかと考えるわけです。まあこんなことを一人で考えていても今後も良し悪しと好き嫌いは混同されていくでしょうし、それが普通でしょう。そういうわけで、個人的には受取側である自分が「これは好き嫌いの話なのか良し悪しの話なのか」を判断するようにしています。客観的な良し悪しについて真逆の意見があれば議論したほうが良い気がしますが、個人の好き嫌いには文句のつけようがないわけで、逆に好き嫌いはその人を知る重要なヒントに使えます。

で、健勇の話に戻ると、彼の合理的な(ゴールに向かうがむしゃらさの比較的感じられない)プレーをサポーターが嫌いだとして、彼がそれに迎合するかどうかが問題になるわけですが、これはなんとも言えません。彼にも彼の好き嫌いがあるだろうし、サポーターの好きに合わせて悪いプレーをするのはプロとしてどうなんだ、という話にもなりそうです。つまらない結論ですが、彼が自分のプレーを曲げないのであればやはり結果を出すしかないでしょう。ゴールを奪うことが「嫌い」で「悪い」という人は、どこにもいないはずですから。

ちなみに僕個人の好き嫌いですが、健勇のプレースタイルは好きな方です。基本的に状況を理解してプレーしてくれる選手が好きなのと、大きくてテクニカルな選手には思い入れが強くなるからなんですが、特に彼の少ないタッチ数で適切な場所にボールを落とす浮き球のコントロールは素晴らしいと思います。ゴールを奪う部分でももちろん期待していますが、上述の通り彼の得点の型とチームの機能性をすり合わせている段階だと思うので、もしかしたら僕は(いつも通り)甘い目でみているかもしれません。

健勇が今後レオナルドと組んでいくという意味では、役割的には中盤に降りるプレーに加えて、レオナルドに入ったところでいかに裏に動き出せるのかという部分が求められていくと思います。スペースが被らないようにしつつも彼と連動できる範囲でプレーするというバランスを見つけるのは難しいかもしれませんが、他の選手も今季10試合を超えてレオナルドとの連動は改善してきている印象ですので、健勇もそうした流れに続いてほしいと思っています。チームとしては健勇に限らずトップにボールが入ったときに周囲がどれだけサポートできるのかは大きな課題だと思いますので、そのあたりの改善も何かのきっかけになるかもしれません。ガンバ戦や大分戦など、SHに入った選手がゴール前に入り込み、フィニッシュワークに絡んでいくシーンは徐々に増えていると思います。そうした恩恵を一番受けているのはレオナルドですが、彼の相方として2トップに入る選手も、徐々にその恩恵を受けられるようになるのではないかと思います。

news.yahoo.co.jp

 

しばらく前の記事ですが、本人が語っているようにFWとして得点が求められていることはよくわかっているでしょうから、噛み合うポイントが見つかるまで気長に応援したいと思っています。

 

今回はこのへんで。