96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。 twitter: @urawareds96

『解説者の流儀』の感想と日本のサッカーリテラシーについて考えたこと

W杯、やはりというか、予想以上というか、連日面白いですね。なんといっても今大会は多くのチームが戦術的にはっきりとしたテーマとオーガナイズを有しており、個人能力と気持ちの舞台といったW杯へのこれまでの評価を覆しているような印象もあります。

そんなW杯期間中の最近、ある本を読みまして、まさに今読むべき本だと思い、慌ててこの記事を書いています。

 

『解説者の流儀』著:戸田和幸

解説者の流儀

解説者の流儀

 

 言わずと知れた元日本代表で最近はサッカー解説者としてよく見かける戸田和幸氏の初の著書となります。彼の解説は両チームの戦術的な狙いや守備組織の機能など具体的な部分を指摘することが多いことが特徴です。主に地上波での日本代表の試合などでみられる、ゴールシーンやスター選手への過剰な注目や、試合展開をまるで一般の視聴者と同じような目線で楽しむ「居酒屋解説」とは一線を画す存在として、サッカークラスタからも受け入れられているのではないでしょうか。そんな氏が初の著書で、しかも解説者として記す著書で何を語るのか、目当ては別の本だったのですが、思わず手に取ってしまった96なのでした。

 

「サッカーは複雑なスポーツだ」解説者の流儀

強引に本書の内容を要約すれば、氏が解説者としての仕事をこなす中で培った信念の共有と、その信念と対比的に示される日本サッカー界への危機感、というところでしょうか。構成としては、氏が解説者を始めることになった経緯から、プロサッカー選手としてのキャリアのおさらい、解説者の現場事情を紹介し、後半は戦術、選手、審判、そして氏が将来の目標とする監督について氏のサッカー観が示されます。

本書を読み進めていくと感じるのが、彼の主張の一貫性です。自らを「理屈っぽい」と称する戸田さんのサッカーに対する信念が、言葉を変え、文脈を変え、エピソードを交えながらも一貫して、そして何度も現れる構成になっており、途中「もうわかった」と言いたくなるほどの訴求力があります。

2002年の日韓大会での赤いモヒカンとボールを狩る激しいプレーが印象的な氏の信念は、徹底した「論理」と「言語化」といって差し支えないでしょう。本書で何度も繰り返されるこの信念は、必然的に「戦術の理解と解説」に昇華されていきます。

戦術を理解するのは簡単ではない。けれどもサッカーを語るうえで、そこから逃げてしまうと、サッカーの持つ魅力の全ては理解できないし、伝えることもできない。

各チーム独自のチームコンセプトがあり、それに基づいたトレーニングがあり、相手に応じたゲームプラン、選手起用と選手個々に与えられたタスクがある。監督は、試合へ向けたさまざまな準備、過程を経て、キックオフを迎える。戦術を語らないということは、その過程をないものとして扱ってしまう危険性がある。

 この信念を武器に、氏は解説者として成り上がっていくのです。こうした戦術的な視点が抜け落ちた日本のサッカー解説のレベルの低さには、これまでも長くサッカークラスタからは不評で、一部ほとんど諦められてさえいた中で、解説者として氏が戦術から逃げてはいけない、戦術を語らなければいけないと強く宣言する本書の痛快さは、普段サッカーをよく観るファンであれば大きく共感するところではないでしょうか。

 

解説者の現場と日本のサッカーメディアの現状

本書の構成は12章からなり、それぞれ大まかなテーマを元に氏の一貫した、濃厚で、ある意味しつこいほどの持論が展開されるのですが、彼の解説者としての信念や矜持のほかに、非常に興味深いのはサッカー解説者の現場が詳細に描かれていることです。

現役引退後、2014年にサガン鳥栖の試合解説として始まった解説者キャリアがどのようにして地上波で日本代表戦を解説するまでに至ったか、CS放送での深夜のヨーロッパサッカー解説者の一日、ある試合を解説するために費やす準備と勉強の時間。元プロ選手であっても常にサッカーを「勉強」し、膨大な時間をかけて関連する試合をチェックし、言語化のために詳細に、丁寧に試合を分析するという事実は、個人的にとても印象に残りました。

試合を90分間流しっぱなしで見ることはない。自分の理解が足りていないと感じれば何度でも映像を止め、巻き戻し、時にはスロー再生で、その現象がなぜ起きているのか、なぜ起きてしまっているかを確認する。結果、1試合の分析に要する時間は、長い時にはハーフで2時間かかることもある。

それだけの準備をして解説する試合に臨み、それでも各試合で予想外の展開が起こり、それでも愚直なまでに両チームの意図と戦術を解説しようとする。しかも「解説者」として視聴者の属性を考えて言葉を選び、放送をよりよくするためにしゃべり方、タイミング、尺をも意識する、解説者は大変な仕事です。

ここまでストイックに試合分析と解説に臨む氏だけに、サッカーを取り巻くメディアへの嘆きも多く本書に出てきます。地上波放送では一企画の時間は限られ、紹介できる映像は少なく、しかも戦術の話は「わかりにくい」ので取り上げられにくい。

「今日の注目選手を各チームひとりずつ挙げてください。」

どの局でもどんな試合でも、そんな依頼を受けることに強い違和感と抵抗感があった。

サッカーは完全なるチームスポーツだ。(中略)ピッチには多くの選手が立ち、試合に関与する。チームを構成する組織の一員として誰もが欠かせない存在だからだ。

彼が言うように、日本のメディアがサッカーを取り扱うとき、「わかりにくい」サッカーを単純化して選手vs選手に置き換えて捉えようとすることはまさにサッカーの魅力を削ぎ落してしまっていると思います。ほかにも本書では中継放送ならではの時間の無さや、たくさんの試合を放送することによる準備不足に起因する単純化、抽象化、ゴールシーンへの安易な依存を指摘しています。これまでも多くの元プロ選手が解説者としてサッカーメディアに関わり、一部はサッカーファンから不評を買っていますが、サッカー解説者その人がこのような問題意識を提起したことは応援すべきことではないでしょうか。まあ個人的には、サッカーが完璧な組織vs組織だとしても、選手が主体的な意思決定のもとに独立してピッチに立ち各々タスクを担う以上、注目選手がいても不思議はないし、注目選手を取り扱うこと自体は何も問題ないと思いますが。

 

戦術の存在を知る入り口としての本書

本書後半では、氏自身の経験を踏まえて、現代サッカーにおける戦術の重要性について語られています。最先端としてのグアルディオラとサッリの存在に始まり、S級ライセンス取得のために訪れたスパーズやレバンテでの経験を含めて、サッカーにおける戦術の重要性と戦術がサッカーに必要な技術であり、この面で日本は遅れている、という認識をはっきりと提示しています。

だからこそ、「戦術」についても、知っておいたほうが良いと僕は考えている。

日本では、戦術について語るのは、「マニアック」「難しいこと」と敬遠されることも多い。しかし、チームスポーツであるサッカーを語るうえで、戦術はスタンダードな要素であり、特別なものではない。戦術を知ればより多くの見どころを発見できるはずだから。

戦術の存在を認識し、サッカーが少しずつ「見えてくる」につれて、もっと知りたい、議論に触れたいというニーズが自分の中に高まってきます。こういうところから、これまで敬遠していた戦術論に踏み込んでみようと考える方もいるかもしれません。残念ながら、個別の戦術やシステムについての具体的な各論はないのですが、「サッカーにおける戦術の存在を認識、確認する」という意味では良いつくりになっていると思います。 その中で、本書にも出てくる「5レーン」や「ハーフスペース」というキーワードを軸に掘り進めていくこともできます。

ただ、本書でも語られていますが、残念なのは今の日本には「その先」があまりにも用意されていないということでしょう。本書ではあまりにゴールシーンのみを切り取る傾向のある日本のメディアの対比として、イギリスの「マッチオブザデイ」を紹介しています。

そして、何より僕が素晴らしいと思うのは、みな「自分の考え」を述べることだ。そのコメントに予定調和的な空気はまるで感じられず、各々が自分の意見を自信を持って述べる。(中略)欧州には、長い時間をかけて試合を振り返るレビュー番組がある。日本にもゴールシーンを見せるだけではない、サッカーにきちんとフォーカスできるレビュー番組があれば、マスコミを含めたサッカー界全体が変わっていくだろう。

たしかに、自分のことを振り返っても、戦術の存在を認知し、サッカーの論理的な側面を魅力としてとらえるには、そのことを教えてくれる仲間の存在があり、またネットやツイッターで得られたレビューや分析がありました。彼の言うように長時間、ゴールシーン以外のプレーの重要性をじっくり議論できる場があれば、日本のサッカーリテラシーが向上し、観る側=求める側が変わることで、日本サッカーを変えていくこともできるのかもしれません。現状は、じゃあそのような番組で誰が何を語るのか、語れるだけの人がどれだけいるのか?というところは疑問ではありますが、最近はネットで活動しているアマチュア分析家の方々の発信も増えていますし、このような番組が日本にできるのもそう遠くないのかもしれません。もしくは、ネット上にそのような議論ができるプラットフォームが現れるのかもしれません。

個別の意見は分かれても、この姿勢を評価し応援しなければ変わらない世界がある

このように、一貫して「戦術から逃げないで、サッカーの難しさと魅力に向き合おう、少なくとも自分はそういう姿勢だ!」という選手宣誓ならぬ、解説者宣誓といった熱さが本書の本質なのかもしれません。

本書あとがきでは、このように記されています。

(前略)それでも、「よしやってみよう」と思えた理由は、この国に定着している「サッカー」というスポーツの見方と見せ方を、より時代に合ったものに変えつつ、先に進めていきたいという想いがあったからだ。

本書は、各チームの戦術やフォーメーションについての具体的な各論があるわけではありません。また、例えば終盤に出てくるハリルホジッチ全日本代表監督の戦術批判では個人的に同意しにくい部分もあります。また、彼の現役時代を知る方には意外というか、お前が言うか的な部分もないわけではありません。ただ、それは枝葉のこと。解説者としてこれだけのプライドと勉強をしてサッカーに向き合う氏のような解説者が増え、また我々のような一般の視聴者が様々な媒体を通じてサッカーの戦術の奥深さやサッカーのもつ論理性に触れ、議論し、理解を深められるようになることに期待したいと素直に思いました。

ちなみに、今後のワールドカップ決勝トーナメントで、氏はTBSの中継の解説を担当するそうです。TBSは日本代表戦は放送しないのですが、強豪国同士の対戦となる決勝トーナメントでどのような解説をするのか、そしてそこに臨む解説者の舞台裏はどのようなものか。本書は3~4時間もあれば読める分量ですので、決勝トーナメントを前に読まれては面白いのではないでしょうか。

というのが、急いでこの記事を書こうと思った理由なのでした。

ということで、普通におすすめです。本書。是非。

 

解説者の流儀

解説者の流儀