96のチラシの裏:浦和レッズについて考えたこと

浦和レッズを中心にJリーグの試合を分析的に振り返り、考察するブログ。戦術分析。

正面衝突、そして大破。:Jリーグ2020 vs名古屋グランパス 分析的感想

たぶん6失点した試合のレビューを書くのは初めてではないかと思います。読んで面白いかはわからないけれど、「思考のアーカイブ化」のために書くのであればこういう試合こそ書き残しておかなければいけない気がしました。

スタメン

浦和はミッドウィークのルヴァンカップでかなりスタメンを入れ替えたこともあって、今節は清水戦のメンバーが多くカムバック。柴戸とレオナルドはセレッソ戦でもスタメン、柴戸に至ってはフル出場だったのでどうかなと思いましたが、中2日でのスタメンとなりました。意外なところで言うと武富のスタメン起用で、清水戦で悪くない動きをしていたのにセレッソ戦ではメンバー外だったのでどうしたのかなと思っていたら、こちらでスタメン起用でした。

名古屋はガブリエル・シャビエルが復活のスタメン。後で触れますが、現在の名古屋にとってはトップ下のポジションが果たす役割が非常に大きく、この役割を担っていた阿部の不在にあっては、シャビエルを使えることは非常に大きかったのではないかと思います。

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浦和はルヴァンからほぼターンオーバー、名古屋はトップ下にシャビエルを起用。そして名古屋を赤にしないというささやかな自意識と抵抗。

浦和のベンチメンバーは福島、岩武、槙野、関根、長澤、涼太郎、武藤。

名古屋のベンチは武田、藤井、太田、秋山、石田、山﨑、相馬。

そういえばと思って調べてみたんですが、大槻監督とフィッカデンティ監督はこれが初対戦みたいでした。意外といえば意外でしょうか。お互い相手を分析して戦術的にゲームを組み立てる志向のある監督同士、対戦を楽しみにしていたかはわかりませんが、少なくともフィッカデンティ監督は前日コメントで意識していそうな発言をしていました。

「しっかりまず浦和がどのようなサッカーをしてくるのかを見ています。相手のいいところを出させないのはもちろんです。逆にこちらの武器をどのように消してくるのか。『こういう消し方をしてくるだろう』と。しかし、それに対し、さらに上を行くための準備をしています。」

news.biglobe.ne.jp

まあいつもこんな感じなのかもしれませんが。で、このブログも一応戦術的な部分はできるだけしっかり観ていきたいという姿勢なので、お互いがどう戦うつもりだったかをまず考えてみます。

これまでの名古屋グランパス

名古屋の基本フォーメーションは4-2-3-1。ただSHの振舞いは、日本でありがちな中央に入り込む実質トップ下のような役割というよりも大外で仕掛けていくWGという感じです。加えて、名古屋の前線は些細なことでポジションを入れ替えるのがこれまでの傾向で、SHのサイド入れ替えは当たり前、マテウスがトップに並んで2トップみたいになったり、トップに入る金崎や山崎が右にいたりと、FKやプレッシングの流れで立ち位置が頻繁に変わり、しかもそのまましばらく普通にプレーします。金崎、山崎、前田、相馬、マテウス、シャビエル、そして阿部と前線には個性がはっきりしている選手が多い名古屋なので、相手の守備組織で狙うべきポイントに自分たちのタレントをぶつけていくというのが基本的な考え方なのかもしれません。この前線の柔軟な雰囲気とは対照的に、バックラインとボランチの選手たちには規律が課されており、SBの攻撃参加はもちろんあるものの、ビルドアップでは基本的に大きく立ち位置を変えることがありません。雑駁に言うと、守備とビルドアップは堅く、攻撃はタレントのパワーで勝負という感じでしょうか。

浦和と同じ4バックの鳥栖戦、柏戦を観てみましたが、名古屋にとって重要なのはトップ下のポジションです。名古屋のビルドアップはSBが幅を取り、CBとボランチの4枚でボールを回しながら組み立てるスタイルですが、前述の通りSHは基本的にWGのように振舞うので大外におり、トップの選手も相手の最終ラインと駆け引きをするので、相手が4-4-2ブロックの場合なにもしないとCB→SB→SHと外→外のビルドアップばかりになります。

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外→外のビルドアップ。後ろは大きく変形しないしリスクを負わないのでこの形はわりと多く出る。

これは後ろのパス回しで無用なリスクを負わないという意識の表れなのかもしれませんが、まあ相手のディフェンスと枚数が合っている場合は結構窮屈です。で、もちろんこれだと辛いのでボランチをCBの脇に落としてSBを上げて…ということもやるのですが、それでもSHは大外に立つことが多いので、今度はSBとSHが同じような場所でボールを受けて結局詰まるという場面もあったりしました。

そこでトップ下の選手が中盤に降りてきて、外→外のビルドアップに陥る前にハーフスペースあたりで受けてあげると、今度は外に用意している選手とうまく絡みながら前進していく、という形が出てきます。

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この役割のあるなしがこれまでの名古屋にとっての組み立ての生命線、だと思う。

これが抜群に上手かったのが阿部で、彼が降りてくることで名古屋のビルドアップに安定感がもたらされ、アタッキングゾーンに入っていくことができれば強烈な前線の個性を活かすことが出来るわけです。しかも阿部の場合そのままプレーを止めずに前線の崩しに絡んでいってラストパス、フリーラン、ミドルシュートとフィニッシュに関わることが出来ますから、この一人二役をこなせる阿部の存在は名古屋にとっては非常に重要ということになります。阿部の故障によってこの役割をピッチ上に見いだせなかった柏戦は、なかなかボールを前進させられず、前後分断のような形になってしまうことが多くなり、前線に苦しいボールを放り込むだけになってしまうという展開が観られました。

ゲームの構造①:両監督の仕込み

僕自身はルヴァンカップのゲームまでは追えていないのですが、クラブとしては少なくとも浦和と同じ4バック相手に戦った鳥栖戦、柏戦はスカウティングしていたでしょう。水曜日のルヴァンカップセレッソ戦で4-1-2-1-2プレッシングが上手くハマったこともあり、手ごたえを感じていたであろう大槻監督はこのゲームでも名古屋のビルドアップを破壊することでリズムを掴んでいきたいと考えたはずです。

浦和は4-4-2が基本ですから、必然的に選択するのは名古屋のCBに2トップを、SBにSHを当てるほぼ同数のプレッシング。青木か柴戸が最終ラインの前をカバーする関係でボールと逆サイドのボランチだけは空き気味ですが、簡単に使われる場所ではないのでOKという感じだったと思います。阿部が不在でビルドアップに難を抱える名古屋に外→外のビルドアップをさせて、どこかで詰まらせられればOKという感じに見えました。

で、こうなるのはおそらく想定済みのフィッカデンティ監督。用意していたのは以下の形でした。まず大きかったのはトップ下起用のシャビエル。今節が復帰戦となったナンバー10は阿部と同じような役割でビルドアップ時はボランチのサポートに入ることが期待できます。これで中盤の枚数が確保できるので、稲垣とシミッチのボランチコンビは浦和のボランチから逃げてCBにパスコースを提供、これだけでも名古屋のビルドアップは大きく安定します。さらなる仕込みとして、最終ラインの前進に合わせてSHは大外からハーフスペースに立ち、マークする浦和のSBを釣りだします。同時に、これに合わせてSBは大外で高い位置を取って浦和のSHから逃げていくポジショニング。ここから、SBを経由してハーフスペースに立つ前田にボールを入れるか、ハーフスペースをスタートポジションにして裏に蹴り込むか、いずれにせよ浦和のSBを高い位置に引き出して勝負、という狙いだったと思います。

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名古屋の左サイドでもほぼ同じ。ただ左ではマテウスが大外でシャビエルがハーフスペースの場合もあった。

この形がゲーム開始直後から現れていたことを踏まえると、上記がフィッカデンティ監督の仕込みと考えて良いのではないかと思います。名古屋の普段のやり方を全て観ているわけではないのでどこまで対浦和用に特別に準備したかはわかりませんが、少なくとも今節に関してはこのような狙いを持っていたのではないでしょうか。

で、これをどのくらい浦和が嫌がったかというと、ちょっと判断が難しいところがあります。シャビエルの復帰と彼の今節でのパフォーマンスを準備段階で織り込んでいくのは難しかったと思いますが、浦和はほぼ同数プレスに行くと決めた時点で最終ラインが同数になるリスクは織り込んでいたでしょうし、名古屋のSHが(誰が出たとしても)強烈であることはわかっていたはずです。相手の最終ラインに同数プレッシングをすれば中盤は必然的に2枚になるし、名古屋のSHvs浦和のSBという局面を避けることはできません。

もしこのやり方を嫌ったのであれば4-5-1気味に中盤を厚くして名古屋の最終ラインへのプレッシングを放棄することも選べたわけで、そうすれば少なくともシャビエルが降りてくる中盤の人数で負けることもないし、ハーフスペースを使われるリスクも多少は軽減できたかもしれません。ただそれをしなかったということは、相手の最終ラインにプレッシャーをかけることで得られる利益(引っかけてショートカウンターや、苦しいパスを出させて相手を追い込む等)に期待し、その裏側のデメリットとして名古屋のSHvs浦和のSB、もしくはシャビエルや金崎と浦和のCBとのマッチアップは許容して(つまり簡単にはやられない前提で)いたということになるでしょう。つまりこれは、お互い想定済みだとしても結果的にだとしても、浦和は名古屋に時間を与えないプレッシングを、名古屋は浦和のやり方を躱して自分たちが勝負したいエリアに入っていく術を、準備しぶつけあった対戦だったと言えるということです。いわば大槻監督は、待ち構えていたフィッカデンティ監督の名古屋に対して正面衝突を挑んだのでした。

つまり何が言いたいかというと、正面衝突を選んだ以上、名古屋のハーフスペース活用が非常にうまくいっていたとは言え、戦術的な構造要因だけで6失点するというのはさすがに考えづらいということです。

3つの失点の考察

というわけで、長々と両監督がやりたかったのではないかという形をざっくりと観てきましたが、僕の現時点での理解としては、上記の戦術的な取り組みだけではこのゲームの(特にこの大敗の)説明にはなりません。そうであれば、他の部分にも目を向けなければいけないでしょう。

好きでこんなブログをやっている僕もさすがにこの試合の失点を全部図解して振り返りたくないので、決定的だった3つの失点を取り上げたいと思います。最初の失点は8分頃、名古屋GKのランゲラックまでボールが下がったところから始まります。ランゲラックのフィードに金崎が下がって反応し、超えたボールをハーフスペースに入り込んでいたマテウスが収めて前を向きます。浦和のプレッシングのメリデメからすれば後ろは同数でも耐えなければいけないので、マテウスは橋岡が潰さなければいけませんが、間に合わないと思ったのか後ろに下がっています(ちなみに、直後にサイド奥に走り込もうとしたシャビエルとうまく入れ替われずにぶつかってもいます)。この時点で浦和は最終ラインのマークがずれているうえにトーマスとボランチが裏返されており、さらにボールマンがほぼフリーと危険な状況です。ここから名古屋の左サイド奥でシャビエルにボールが渡り、タメを作ると間髪入れずに吉田がオーバーラップ。その間に浦和の選手が戻って、枚数的には足りている状況になりましたが、トーマスは下がりすぎ、柴戸はこの状況では意味のないバイタル中央を埋めています。吉田がダイレクトでマテウスとのワンツーを狙った横パス、それをマテウスがまさかのスルーで青木が外されると、後ろで余っていた金崎がフリー。最終的に前田に渡ったボールはシュートの当たり損ねのマグレだとは思いますが、浦和の守備としては、ここで金崎をフリーにしなければ失点リスクを大幅に減らすことが出来たと思います。

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ちなみに、前田に抜けだされてから山中が棒立ちでセカンドボールに反応すらしないのは仮にも守備的なポジションの選手として意味不明。

この失点のポイントはおそらくボール周辺の選手が誰も想像できなかったであろうマテウスのスルー、そして金崎のシュートがあまりにも完璧に前田に渡ったこと、その前田が吉田の裏抜けに対応した橋岡のおかげでオンサイドだったことだと思います。運が悪かったとは言いませんが、名古屋もこの形をデザインしていたわけではないはずです。浦和側に失点の理由を求めるならば、トーマスと柴戸のポジショニングが結果的に金崎をフリーにしてしまい、危険な局面で名古屋にプレーを続けさせてしまったことが原因ではないかと思います。トーマスは彼の感覚で一番危ないと感じたところを、柴戸も彼の感覚でボランチとしているべき場所に無意識に立ったのだと思いますが、特にこの状況であればどちらかが(どちらかというと柴戸が)金崎にもう少しでも寄っているべきでした。柴戸が金崎の右足側を切って(一番いいのはターンさせないこと)、トーマスがもう少し高い位置から面を切っていれば、状況は変わっていたかもしれません。トーマスと柴戸は年齢的には若手ですが、このチームにおいては最もカバーリング範囲が広く守備の要となっている選手たちです。危険な場所がわかる選手たちだからこそ感覚的に「その場所」にいたんだと思いますが、このスクランブルの場面においては金崎を余らせてはいけなかったし、もう少し人に対応する意識があったほうが良かったのかなと思います。ていうかそもそも、浦和の選手の体勢を見ると誰も危険な状況と思っていない、つまり同数で守れていると思っていたフシがあって、もしかすると誰も余っている金崎の存在を認知していなかったかもしれないです。

ちなみに、この失点でオフサイドラインになっている橋岡ですが、吉田のワンツー対応をサボるわけにはいかないし、結果的にオフサイドラインになっているだけでラインを揃える暇があったとは思えないので、彼の立ち位置をどうこう言うのは難しいと思います。しいて言うならば鈴木はボールとボール周辺の選手が視野に入る場所にいたので、ディフェンスリーダーとしても周囲の選手に声かけ出来ることがあったのではないかとは思います。特にトーマスが下がりすぎていることを指摘できるのは彼だけだったと思うので、トーマスを少しでも前に上げさせられれば、トーマスが自分のエリアを埋めた直後の立ち位置があと3歩でも前であれば、金崎から前田に渡ったコースはなかったような気もします。

2失点目はこの直後、浦和のキックオフがあっさりと相手ボールになってしまった場面からです。これ、DAZNだと映ってないので何がどうなったかわからないんですが、なんで浦和ボールのキックオフが1秒で名古屋ボールになってるんでしょうか。早い時間に失点してしまった場合にまずやることはゲームを落ち着けて自分たちの形を作り直すことだと思うんですが、誰が悪いかわかりませんが、失点直後にこんなに簡単に相手ボールにしてしまって、またネガティブトランジションからゲームが再開していることがまず良くありません。状況が呑み込めないのですが(キックオフはいつも通りレオナルドだとして、ボールを失ったのはショルダーチャージか何かを審判にアピールしている武富でしょうか?)なんとか意識を保って続きを観ていくと、名古屋ボールになった流れから吉田がダイレクトでマテウスへ。このSB→SHのボールの流れは、前述の外→外のボール前進なので、ここは橋岡が潰さなければいけません。1失点目のようにあまりにもマテウスが内側のレーンに入っていった場合はついていくのが難しいと思いますが、外→外であれば橋岡の持ち場です。で、残念ながらここで橋岡の出足が一歩遅れていて、マテウスが斜め前に入れ替わるトラップ。これ金崎へのパスではないと思うんですが、キックオフからの流れで近くにいた金崎がこのボールを引き取ってターン。トーマスは身体はつけていますが入れ替わられてしまい、必死にスライディングしたものの前方にパスを出され、トラップの流れでそのまま橋岡と入れ替わって裏に走り込んだマテウスへ。早いクロスが中央に入って一瞬で2失点。

やはり最終ラインで同数対応の場面で、橋岡とトーマスがそれぞれ1on1を処理しなければいけなかったにも関わらず2回相手を潰せなかったことが痛かったと思います。ただこれ、根本的には浦和ボールのキックオフが1秒で相手ボールになっていることがやっぱりダメですね。1失点目がポジショニングの不備と不運によるものだとするならば、2失点目は人災に近いです。この失点は、少なくともこの時間帯にもらうことは避けられたと思います。

全然違う話ですが、投資の格言には資金管理に関するものが多くあります。資金管理とは要は、「投資に失敗してお金をたくさん失ったときは(そういうことは投資をしていれば誰にでもある)、悪い状況ですぐに失った金額を取り返そうとせず、小さい金額からコツコツ取り組み直すことで流れを良くしなさい」ということで、これが投資において最も重要と言われています。この根本的な考え方は「失敗した時に大きく取り返そうとせず、まず自分の状況を安定させよ」というものです。これは本当に真理で、ギャンブルでもゲームでもなんでもそうだと思うんですが、失敗したらまず体勢を立て直すのが重要です。その意味では今節の浦和は、損失を取り返そうとして悪い状況のまま残った有り金を突っ込み、そのまま無一文で退場する投資家みたいでした。ほんと、なんでこんなことになったんだ。

4失点目。ゲームとしては決定的な3失点目を食らって以降、なんとかゲームを続けていた浦和ですが、やっている方としても観ている方としてもこの4失点目が一番心が折れたのではないかと思います。右サイドでから攻撃しようとしたパスが丸山にカットされ、縦パスがシャビエルへ。対応した鈴木が飛び出してカットしようとしたところを入れ替わられ、スルーパスが前田へ。山中は追いつけず、西川も止められないコースに冷静に流し込まれて前田がハットトリック達成というシーンです。

このシーンはまず失い方が非常に悪くて、スローインからの攻撃のやり直しなんですが、武富がワンタッチで横に出したパスがカットされたところから始まっています。で、今季の浦和は奪われたらすぐにカウンタープレッシングという約束だと思っていたんですが、この場面では誰も反応できず。まあ前半で3失点してるのでモチベーションが難しいのはわかるんですが、選手がピッチ上の約束事を放棄してしまったらもう監督にはどうしようもありません。で、フリーかつノープレッシャーの丸山から鋭い斜めのパスが前線に走り始めていたシャビエルに入り、前向きに対応できる位置にいた鈴木が一発でカットしに行ってシャビエルの謎のターンで入れ替わられ、完全に被カウンターとなります。

カットされた瞬間にプレスバックする必要がったのは健勇で、鈴木も自分のラインに少なくとも2枚味方がいる場面であのカットを狙う必要があったのかというのはあるんですが、根本的な問題は攻撃時だと思います。この前の場面から山中がボランチの位置で中央レーンまで入ってきてボールを動かしており、柴戸は前に、青木は後ろにとかなりポジションを動かしています。そのほか橋岡はかなり高い位置で大外に張っており、汰木も画面外なので左サイドの大外でしょう。名古屋は対照的に大外の橋岡にはマテウスが戻ってケアしている以外には守備時の基本ポジションである4-4-2の立ち位置を大きく崩していません。試合後に前田が「山中が中央に入った裏は狙えると思っていた」と語ったそうですが、それもこれも、自分たちの立ち位置を崩さずに守っていた名古屋に対して、配置を大きく動かして無理に攻めたリスクを精算されてしまった浦和という側面が強いものでした。

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前のめりになって攻めるのはわかるが、追わなくて良いリスクまで負っている。

3-0で負けているチームが攻めなければいけないのはその通りなのですが、こんなに組織立っている相手に正面からパスを入れて、練習しているのか全く分からないようなダイレクトパスのコンビネーションで崩そうとするのは単純に無謀です。この状況なら一回やり直してセットしてから、名古屋が出てこないなら健勇や橋岡にロングボール当ててから追い込んでいくというやり方でも良かったような気がします。別に細かいパスで崩してもいいんですけど、それならその分、失ったらカウンタープレスをして少なくとも相手を遅らせなければ、自分たちが崩した配置のバランスが精算されてしまうだけです。まあ前半18分までに3点獲られて冷静でいろと言うのも無理な話だとは思うのですが、こういうミスやディフェンスでの軽い対応で、何もしなくても得失点差-3で済んだところを-4、-5と自ら広げていくようなプレーをみせられると、リーグ戦をわかってるんだろうか、という気にさせられます。

ちなみに、こういう戦術的な幅のなさは今季の浦和の大きな課題の一つです。「大槻監督のサッカー」に取り組み始めてまだ10試合ですからうまくいかないのが普通なのかもしれませんが、今節のように自分たちの基本のやり方がハマらなかったりハックされてしまったり、また状況的に難しくなっても突っ込んでいくしかないという部分があります。また特にオフェンス面では設計というよりも配置を取ってからピッチ上の状況で判断して!というオーダーなので、自分たちの配置が取れなかったり、配置をとっても相手が思った通りに動いてくれない状況になると困ってしまうという様子がよく観られます。このへんは一朝一夕でなんとかなる問題ではないので、長い目で改善を期待するしかないのですが、手っ取り早いやり方としていくつかの崩しをパターン化してしまうとか、狭すぎるなら一度戻してから相手を引き出してサイド裏へロングボール、相手に拾われてもカウンタープレスでそのまま追いかけるといったインスタントなやり方を装備していった方がいいのではないかと思っています。山中のインサイドロールは必要なのか?という話が僕のところによく来るんですが、これについてはまた後で。

戦術的にはどうだったか

もうゲームの流れとかやりたくないんですが、戦術競争の面でどうだったかは観ていきたいと思います。ゲームの入りは浦和も悪くなかったというか、最初の7分くらいは浦和の方がゲームの主導権を握っていました。これは守備の面で最終ラインが)ファールしながらも)なんとか名古屋の前線の起点を潰せていたというのが一つと、浦和のボール保持の局面で見えるものがあったという部分があります。

名古屋には前述のビルドアップの仕込みがありましたが、浦和も名古屋のディフェンスの方法論を予測してゴールに向かう仕込みがある程度準備されていたと思います。0-0の時間帯(といっても8分間だけですが)には浦和と同様に名古屋も前から嵌めこんでいこうという意識があり、4-4-2で噛み合っていることから浦和と同様に同数プレッシングを仕掛けているフシがありました。その際に浦和は、西川に戻してから両SHの裏抜けを狙わせる大きな展開で一気に名古屋を裏返そうという意図があったようでした。

ただ浦和のセットオフェンスになる場面では、名古屋は6-2-2も辞さない形でブロックを下げて対応しており、セレッソ戦のように間を取るポジショニングにも対応されるし、大外にSBを置いても名古屋のSHにケアされてブロックが崩れないしという感じで手詰まりに陥ってしまいました。浦和のビルドアップでは柴戸がCB間に降りて名古屋の2トップに対して数的有利を作りましょうという部分と、山中がインサイドに入ってボールを持ちましょうという部分が形として出ていたと思いますが、特に山中のインサイドロールについては、山中自身がこの形のトリガーになっているのは改善したほうが良い気がします。他の選手が狙いのある立ち位置を取ったことに呼応して山中がインサイドに入っていくのであれば良いのですが、とりあえず山中がインサイドに立って、周りの選手がそれに合わせて立ち位置を取るという順番では、山中にボールが入っても味方が立ち位置を取れていないし、それによって相手のブロックも動いていないという状況が出現してしまいます。これでは浦和は山中がインサイドに立つことによるリスク(今節のように、前田のような早い選手にその裏を狙われる)を負ったのに、そのメリットは享受できないという構造に陥ってしまい、単純にトータルで損です。言葉を変えると、立ち位置の形骸化が起きるわけです。本当はサイドバックインサイドに立つことでカウンター予防になるというのがいわゆる「偽SB」のメリットのはずなんですが、「偽SB」化した選手にボールを預けて他の選手がそこから立ち位置を取っているような連動性のなさ、そして立ち位置が整理されないことで起きるボールを失った瞬間の全体のバランスの悪さが目立つ状況ではそのメリットも享受できません。まあ単純に山中の守備能力の不足も大きいですが、それは起用する段階でメリデメとして織り込まれているわけですから、どうこう言っても仕方ないかなと思います。

で、浦和が上手くいかないと名古屋がボールを奪ってカウンター、それがだめならビルドアップということになりますが、特に失点後は浦和はネガティブトランジションでカウンタープレッシングが利かず、無防備にカウンターを受けるかボールを明け渡すというシーンが多くなりました。厳密に言うと青木や柴戸など一部の選手はがんばってカウンタープレスを実行していたのですが、所詮個人で頑張っていたレベルなので、その回数や再現性については語るまでもありません。

フィッカデンティ監督が準備してきていたであろうハーフスペースを取っていくビルドアップは極めて効果的に機能したと思います。汰木のところで瞬間的な1on2が出来てしまい、ハーフスペースに立つSHにSBが中途半端に引き出され、名古屋の狙い通りに危険なエリアに何度も侵入されてしまいました。

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再掲。

またそれ以上に浦和の最終ラインにとって面倒だったように見えたのは名古屋の前線の選手の流動性で、特にシャビエルと金崎がサイドを入れ替えながらハーフスペースに、中盤に、中央にとポジションを入れ替えながらボールを受けていたのを浦和のCBは捕まえきれませんでした。金崎はトーマス相手に非常に良い背負い方で何度となくボールを収めていましたが、マークがはっきりしている、もしくはボールが入ることが予測でき準備できている状況でトーマスがあそこまで潰せないことはないと思いますので、おそらくボールが入る以前に捕まえられていなかったのでしょう。鈴木に関しては個人での対応という意味でも厳しかったと思います。トーマスを残して鈴木を替えるというハーフタイムでの交代はそういうことでしょう。

で、後半は大槻監督怒りの3枚替えもあって選手が変わり、武藤、関根、槙野それぞれの良さが出る形で多少持ち直しましたが、6失点目も構造的にこれまで観てきた失点と同じような形でしたし、途中からは名古屋が選手を入れ替えているのでなんとも言えませんん。レオナルドが意地の2ゴールを奪ってくれたのはこの試合の数少ないポジティブな要素でしたが、一方でレオナルドと他の選手のテンションが合っていないことには一抹の不安を覚えました。そんなわけでゲームは、レオナルドが気合のゴールで1点返したり、その後すぐにカウンターで6失点目を喫したり、山中のびっくりミドルが枠を叩いたり、山中→関根→レオナルドで2点目を取ったり、名古屋が3バックに変形したりして終了。後半だけなら勝ってた。

 

3つのコンセプトに対する個人的評価/選手個人についての雑感

採点。もちろん全項目で今季最低点です。

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「1.個の能力を最大限に発揮する」は2.5点。レオナルドの意地の2ゴールと、後半から入ってチームを鼓舞し続けた槙野のプレーを評価しました。ここまで今節の構造や失点を振り返ってきましたが、大量失点を含めた多くの場面で浦和の最終ラインの対応が軽すぎます。出足が遅れているのは名古屋の前線の選手の流動的な振舞いも関係していると思いますし、最終ラインが仕事をすべき局面に入った時点で不利な対応を迫られていることも多いのですが、それは監督が採用した前から嵌めていく守備に内在するリスクであり、不利でもなんとかしてもらわなければゲームデザインが崩壊してしまいます。別に奪いきれなければディレイして遅らせてセットディフェンスに移行しても悪くはないわけで(実際に今節セットしたディフェンスから直接崩された場面はなかったのですから)、この部分のマネジメントは最終ラインの仕事だと思います。相手が強烈だとしても、あまりにも一発でやられすぎました。ミッドウィークのルヴァンカップを休んだ選手たちですが、逆に休んでリズムがとれなかったのか、やはり出足で遅れたことで対応できなかったのか、本当のところはわかりませんが、最終ラインの軽すぎる対応が戦術的な取り組みを文字通り台無しにしてしまった部分は無視できないと思います。

「2.前向き、積極的、情熱的なプレーをすること」は2点。動きの連続性もなければネガティブトランジションでのカウンタープレスもなく、特に前線の選手はゲームに対するモチベーションが失われていた部分がありました。まあ18分で3失点を含む前半5失点なんてプロの公式戦でそうそうあることではないので、気持ちが切れるのは理解できます。できますが、だからと言って無謀なプレーを続けることに意味はないし、うまくいかないなりにチーム内でコミュニケーションをとるタイミングはあったはずなので、簡単に擁護はできないわけですが。

一方で、ゲームの構造上選手たちにはどうしようもない状況になっていたのだから、そもそも大槻監督が前から嵌めこんでいくような守備を挑まなければ良かったのではないかという意見があるのもよくわかります。ただ個人的には、前からのプレッシングで相手のビルドアップを破壊することでゲームの主導権を握りたいというのがこのチームのコンセプトでしょうし、水曜日のセレッソ戦で(お互いにベストメンバーではないとはいえ)今季一番とも言える内容を表現できたこともあり、文脈的にはこのやり方しかなかったし、このやり方で行くべきだったと思います。ただ大槻監督に関して言えば、相手のストロングポイントの威力と、自分たちのウィークポイントの脆さ、この二つが噛み合ったときに何が起こってしまうかという部分にはもう少し気を使えたのではないかと思います。時間帯や展開を踏まえれば2失点目までにベンチ側に修正の余地はないのですが、2失点した時点でブロックを4-5-1に替えてゲームを落ち着かせるだとか、そういう対策はできたのではないかと思います。今節は選んだ戦術の土台となる最終ラインの勝負で後手を踏んでいましたから、そうなった時点で今日の設計は機能しないと見切ることも必要だったのではないか、という気はします。

浦和のビルドアップの改善点で言えば、前述の山中のインサイドロールをまず整理すること、それに加えてあまり相手を押し込み過ぎないことも検討すべきではないかと思います。ゲームの流れでそうなってしまうことはあるにしろ、相手がエリア内に5枚も6枚も使ってブロックを組んでいる狭い局面を崩すプレーは期待しにくいのが現状です。そうであればもう少し立ち位置を低くして、前線の選手にプレーエリアを提供するような組み立てにした方が良いかもしれません。ただこのやり方ではおそらくボールを失う位置も低くなり、選手同士の距離感も今より離れると思うので、結果としてカウンタープレッシングの機会を捨ててしまうことに繋がり、ゲームとしてはブロックを組む時間が長くなってしまうとは思います。ただ浦和の2点目のように低めの位置から前線の選手を走らせた方が1on1の特徴は出るでしょうし、現状においては得点効率は上がっていくのではないかと思います。今のやり方を続けるのであれば、狭いところを崩し切るコンビネーションが表現できるまで仕込んでいくか、いっそのこと攻撃時は4-2-3-1で並べてフィニッシャーをレオナルドに固定し、今節の名古屋や清水のようにトップ下に入る選手にいろいろな局面に顔を出させてパス交換の枚数を確保するというやり方を考えていくのではないかと思います。

それとそもそも、

これが気になってるんですが、原因不明です。

「3.攻守に切れ目のない、相手を休ませないプレーをすること」は1.5点。この要素を評価できそうなのは前半の8分間だけです。8min/90min+αで計算すると1点以下が妥当なのですが、対戦相手(川崎とか川崎とか川崎とか)によってはこのままのやり方ではもっと悲惨なことになりそうなので、今節のところは1.5点にしときます。これが正しい採点なのかは別として。

最近よく思うのですが、「相手を休ませないプレー」をするのに「自分たちも休めない」というのはちょっと構造的に無理があるというか、キツいなあと思います。今の浦和はボールを回して相手を走らせるというスタイルではないので、そもそもある程度自分たちも頑張らないと「相手を休ませない」ゲームはできません。この辺もバランスだとは思うんですが、もう少し自分たちが効率的にプレー出来るやり方を設計できないかという感じはします。それはつまり、相手が進みたい方向に前もって網を張っておくということ=自分たちの立ち位置を整理するということに繋がってきます。また、相手を慣れさせないというのもある意味で「相手を休ませない」ということに繋がりますから、プレッシングに行く場面と行かない場面の使い分け、同数プレスと他の形の組み合わせ、ビルドアップから組み立てる横幅を使う攻撃とロングボール10,000本ノックの組み合わせといった戦術的な幅、90分間のデザインみたいなものはもう少し見えてくるようになるといいなあと思います。

選手の意識的にも「相手を休ませない」というよりは「自分たちが連続してプレーしなければ」という意識が強すぎるような気がしています。それを2点目の原因と論じるには論理的な距離が遠すぎる気もしますが、やはり悪い流れの中でも頭から突っ込んでいってしまうような状態に陥るのが今季のチームの特徴として出てしまっているので、この点はなるべく早く改善しなければいけないと思います。今季はここまですべての試合をこうしてレビューしていますが、精神的に優位に立ってゲームを進められたという試合はルヴァンカップの仙台戦くらいではないかと思います。お互い我慢しあっている展開であれば自分たちに有利と考えられるようなメンタリティを作るには成功体験が少ないのが原因だと思いますが、この状況が続くと定期的に大量失点でゲームを壊してしまうことがありそうなので、結果的にシーズン目標である勝ち点+10以上も遠のいてしまうような気がしています。

というわけで今節をまとめると、正面衝突を挑んだ結果、衝突するスピードの分衝撃も大きく派手に破壊されたという試合ではないかと思いました。なので、結果はショックだけど、振り返ってみればまあそうなるよね、という感じもあります。ちなみにそのうち聞かれそうなので先に答えておくと、上記のように心配な部分、課題はもちろんあるけれど、今から監督交代だとかやり方を大きく変えたほうがいいのではないかという考えは僕にはありません。大槻監督が目指しているサッカーは「3年計画」とその裏にある現フロントのテーマに沿っているし、粉々に大破したとしてもその原因はピッチ上の現象から分析可能で、そうであれば必ず改善の方策はあるはずだからです。

 

今節も長文にお付き合いいただきありがとうございました。